名前
  • 孝徳天皇(こうとくてんのう)
  • 難波長柄豐碕宮御宇天皇【上宮聖徳法王帝説】(なにわのながらのとよさきのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと, なにはのながらやにあしたしししす)難波長柄豊碕宮御宇天皇
  • 輕皇子【日本書紀】(かる)軽皇子
生年月日
( ~ 皇極天皇元年12月13日)
没年月日
(孝徳天皇元年6月14日 ~ )
先祖
  1. 茅渟王
    1. 押坂彦人大兄皇子
      1. 敏達天皇
      2. 広姫
    2. 大俣王
  2. 吉備姫王
    1. 桜井皇子
      1. 欽明天皇
      2. 堅塩媛
    2. unknown
配偶者
子孫
  1. 有間皇子
出来事
  • 皇極天皇元年12月13日

    皇極天皇舒明天皇の喪を発した際に、軽皇子の代りに粟田臣細目(しのびごと)する。

    【日本書紀 巻第二十四 皇極天皇元年十二月甲午条】
  • 時に軽皇子は脚を患って参朝しなかった。
    中臣鎌子連は以前から軽皇子と親しかった。
    それで宮に詣でて宿侍しようとした。
    軽皇子は中臣鎌子連の意気が高く優れて容姿に犯し難いことを深く知り、寵妃阿倍氏を使って別殿を掃き清めさせ、新しい寝床を高く敷いて細々と世話させた。敬重さは特異だった。

    中臣鎌子連は待遇に感激して舎人「舎人を使い走りにしていた」とある。に言うには「特別な恩沢を賜ることは思ってもいなかった。天下の王となるのを阻む者はいない」と。
    舎人はこの話を皇子に報告した。皇子は大変喜んだ。

    【日本書紀 巻第二十四 皇極天皇三年正月乙亥朔条】
  • 皇極天皇4年6月12日

    蘇我入鹿が殺害される。

    【日本書紀 巻第二十四 皇極天皇四年六月戊申条】
  • 皇極天皇4年6月13日

    蘇我蝦夷が自害する。

    【日本書紀 巻第二十四 皇極天皇四年六月己酉条】
  • 皇極天皇4年6月14日

    皇極天皇から皇位を譲られる。
    中大兄が皇太子となる。

    【日本書紀 巻第二十四 皇極天皇四年六月庚戌条】