名前
  • 堅鹽媛【日本書紀】たし堅鹽。此云岐施志。)堅塩媛
  • 岐多斯比賣【古事記】たし)岐多斯比売
  • 岐多志比賣命【古事記】たし)岐多志比売命
  • 支多斯比賣命【上宮聖徳法王帝説】たし)支多斯比売命
  • 支多斯比賣【上宮聖徳法王帝説】たし)支多斯比売
  • 吉多斯比彌乃彌己等【上宮聖徳法王帝説,天寿国曼荼羅繡帳縁起勘点文】たし)吉多斯比弥乃弥己等
生年月日
( ~ 欽明天皇2年3月29日)
没年月日
(推古天皇20年2月20日 ~ )
  • 蘇我稲目そがのいなめ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】
先祖
  1. 蘇我稲目
    1. 蘇我馬背
      1. 蘇我韓子
  2. unknown
配偶者
  • 欽明天皇きんめいてんのう【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】
  • 橘豊日尊たちばなのとよひのみこと用明天皇ようめいてんのう【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 磐隈皇女いわくまのひめみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 臘嘴鳥皇子あとりのみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 豊御食炊屋姫尊とよみけかしきやひめのみこと推古天皇すいこてんのう【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 椀子皇子まろこのみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 大宅皇女おおやけのひめみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 石上部皇子いそのかみべのみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 山背皇子やましろのみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 大伴皇女おおとものひめみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 桜井皇子さくらいのみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 肩野皇女かたののひめみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 橘本稚皇子たちばなのもとのわかみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
  • 舎人皇女とねりのひめみこ【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】【父:欽明天皇きんめいてんのう
子孫
  1. 用明天皇
    1. 聖徳太子
      1. 舂米女王
      2. 泊瀬仲王
      3. 久波太女王
      4. 波止利女王
      5. 三枝王
      6. 伊止志古王
      7. 麻呂古王
      8. 馬屋古女王
      9. 山背大兄王
      10. 財王
      11. 日置王
      12. 片岡女王
      13. 白髪部王
      14. 手島女王
    2. 来目皇子
      1. 男王
      2. 星河女王
      3. 佐富王
      4. 高椅王
    3. 殖栗皇子
    4. 茨田皇子
    5. 田目皇子
      1. 佐富女王
    6. 当麻皇子
    7. 酢香手姫皇女
  2. 磐隈皇女
  3. 臘嘴鳥皇子
  4. 推古天皇
    1. 菟道貝鮹皇女
    2. 竹田皇子
    3. 小墾田皇女
    4. 桜井弓張皇女
      1. 山代王
      2. 笠縫王
      3. 男王
      4. 星河女王
      5. 佐富王
    5. 葛城王
    6. 鸕鷀守皇女
    7. 尾張皇子
      1. 位奈部橘王
    8. 田眼皇女
  5. 椀子皇子
  6. 大宅皇女
  7. 石上部皇子
  8. 山背皇子
  9. 大伴皇女
  10. 桜井皇子
    1. 吉備姫王
      1. 皇極天皇
      2. 孝徳天皇
  11. 肩野皇女
  12. 橘本稚皇子
  13. 舎人皇女
出来事
  • 欽明天皇2年3月

    欽明天皇の妃となる。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年三月条】
  • 推古天皇20年2月20日

    皇太夫人堅塩媛を桧隈大陵(ひのくまのおおみささぎ)に改葬する。

    この日に(かる)の街中で(しのびごと)を奏上した。
    第一に阿倍内臣鳥が天皇の言葉を誄して霊に供え物をした。明器(みけもの)明衣(みけし)の類一万五千種である。
    第二に諸皇子らが順に誄した。
    第三に中臣宮地連烏摩侶大臣の言葉を誄した。
    第四に大臣が多数の支族を率いて、境部臣摩理勢氏姓のもと堅塩媛は蘇我氏。を誄させた。
    時の人が云うには「摩理勢烏摩侶の二人の誄はよかった。ただ鳥臣の誄はよくなかった」と。

    没年不詳。
    【日本書紀 巻第二十二 推古天皇二十年二月庚午条】
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