呉長丹

名前
  • 氏(ウジ):吳【日本書紀】(くれ)呉
  • 氏(ウジ):吉士【日本書紀】し)
  • 名:長丹【日本書紀】(ながに)
生年月日
( ~ 孝徳天皇9年5月12日)
没年月日
(孝徳天皇10年7月24日 ~ )
称号・栄典
  • 小山上しょうせんじょう【日本書紀 巻第二十五 白雉四年五月壬戌条】
  • 小花下しょうけげ【日本書紀 巻第二十五 白雉五年七月是月条】
出来事
  • 白雉4年5月12日

    孝徳天皇の命を受け、遣唐船二隻中一隻の大使として乗船する。
    副使小乙上吉士駒、学問僧道厳道通道光恵施覚勝弁正恵照僧忍知聡道昭定恵安達道観、学生巨勢臣薬氷連老人、合せて百二十一人が一つの船に乗った。或る本では学問僧知弁義徳、学生坂合部連磐積を加える。
    送使は室原首御田

    【日本書紀 巻第二十五 白雉四年五月壬戌条】
  • ( ~ 白雉4年7月30日)

    別の遣唐船が薩麻(さつま)(くま)竹島(たかしま)の間で船が衝突、沈没する。

    【日本書紀 巻第二十五 白雉四年七月条】
  • 白雉5年7月24日

    百済・新羅の送使と共に筑紫に着く。

    【日本書紀 巻第二十五 白雉五年七月丁酉条】
  • 白雉5年7月(24日 ~ 30日)

    唐国の天子に奉対して多くの文書・宝物を得たことを孝徳天皇に褒められる。
    小花下を授かり、封二百戸を賜り、呉氏の姓を賜る。

    【日本書紀 巻第二十五 白雉五年七月是月条】