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推古天皇30年7月
恵斉・恵光・福因らと共に隋から帰国する。
恵日らは共に奏上して「隋の留学生は皆学んで業を成しました。召喚するべきでしょう。またその大唐国は法式が完備された立派な国です。常に交流するべきです」と。
舒明天皇2年8月5日
犬上三田耜と共に大唐に派遣される。
白雉5年2月
副使として遣唐船に乗る。押使(すべつかい)は高向史玄理、大使は河辺臣麻呂。
漂うこと数ヶ月、新羅道を辿って莱州(らいしゅう)に着いた。