蘇我興志
- 名前
- 蘇我興志(そがのこごし)
- 興志【日本書紀】(こごし)
- 性別
- 男性
- 生年月日
- ( ~ 大化5年3月24日)
- 没年月日
- 大化5年3月25日
- 父
蘇我倉山田石川麻呂 【日本書紀 巻第二十五 大化五年三月戊辰条】
- 先祖
- 出来事
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大化5年3月24日
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大化5年3月25日
大臣が長子興志に「お前は我が身が惜しいか」と言うと、興志は「惜しくはありません」と答えた。
大臣は山田寺の衆僧及び長子興志と数十人に語って「人の臣たる者がどうして君に逆らうことを企てようか。どうして父への孝を失えようか。およそこの伽藍 は、元より自分の為に造ったのではない。天皇の御為に誓ってお造り申し上げたのである。今私は身刺に讒言され、不当に誅されようとしている。せめてもの願いは、黄泉に行っても忠心を懐いたままでありたいということだ。寺に来たわけは、終りの時を安らかに迎えるためである」と。言い終ると仏殿の戸を開き、仰いで誓いを立てて「我は死んでも君王を怨まず」と言った。
【日本書紀 巻第二十五 大化五年三月己巳条】
誓いが終ると自ら経死した。妻子ら殉死する者は八人だった。
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