間人皇女

名前
  • 間人皇女【日本書紀】(はし
  • 間人皇后【日本書紀】(はしきさき)
  • 間人大后【日本書紀】(はしひとのおおきさき, はしおほきさき)
性別
女性
生年月日
( ~ 大化元年7月2日)
没年月日
天智天皇4年2月25日
  • 舒明天皇じょめいてんのう【日本書紀 巻第二十三 舒明天皇二年正月戊寅条】
  • 皇極天皇こうぎょくてんのう斉明天皇さいめいてんのう【日本書紀 巻第二十三 舒明天皇二年正月戊寅条】
先祖
  1. 舒明天皇
    1. 押坂彦人大兄皇子
      1. 敏達天皇
      2. 広姫
    2. 糠手姫皇女
      1. 敏達天皇
      2. 菟名子夫人
  2. 皇極天皇
    1. 茅渟王
      1. 押坂彦人大兄皇子
      2. 大俣王
    2. 吉備姫王
      1. 桜井皇子
      2. unknown
配偶者
  • 孝徳天皇こうとくてんのう【日本書紀 巻第二十五 大化元年七月戊辰条】
出来事
  • 舒明天皇の皇女として生まれる。母は宝皇女後の皇極天皇、重祚して斉明天皇。

    【日本書紀 巻第二十三 舒明天皇二年正月戊寅条】
  • 大化元年7月2日

    孝徳天皇の皇后となる。

    【日本書紀 巻第二十五 大化元年七月戊辰条】
  • 白雉4年

    太子が奏上して「(やまと)(みやこ)に遷りたいと存じます」と言った。天皇は許さなかった。

    皇太子皇祖母尊・間人皇后を奉じ、皇弟らを率いて倭の飛鳥河辺行宮(あすかのかわべのかりみや)に入った。公卿大夫・百官の人々は皆従って遷った。
    これにより天皇は恨んで国位を捨てようと思い、宮を山碕に造らせた。
    そして間人皇后に歌を送った。

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    【日本書紀 巻第二十五 白雉四年是歳条】
  • 白雉5年10月1日

    皇太子天皇が病にかかったことを聞いて、皇祖母尊・間人皇后を奉じ、皇弟・公卿らを率いて難波宮に赴いた。

    【日本書紀 巻第二十五 白雉五年十月癸卯朔条】
  • 白雉5年10月10日

    孝徳天皇が正殿で崩じる。

    【日本書紀 巻第二十五 白雉五年十月壬子条】
  • 斉明天皇元年1月3日

    皇祖母尊即位して天皇となる斉明天皇。重祚。

    【日本書紀 巻第二十六 斉明天皇元年正月甲戌条】
  • 斉明天皇7年7月24日

    斉明天皇が崩じる。

    【日本書紀 巻第二十六 斉明天皇七年七月丁巳条】
  • 天智天皇4年2月25日

    薨じる。

    【日本書紀 巻第二十七 天智天皇四年二月丁酉条】
  • 天智天皇4年3月1日

    間人大后の為に三百三十人が得度する。

    【日本書紀 巻第二十七 天智天皇四年三月癸卯朔条】
  • 天智天皇6年2月27日

    小市岡上陵(おちのおかのうえのみささぎ)天豊財重日足姫天皇と共に合葬される。

    【日本書紀 巻第二十七 天智天皇六年二月戊午条】