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    • 勝速日命かちはやひのみこと【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第七 一云】
  • 天照大神あまてらすおおみかみ生んだのは素戔嗚尊だが、天照大神の八坂瓊の五百箇の御統を使用して生まれたので、天照大神の子としている。【日本書紀 巻第一 神代上第六段】
先祖
  1. unknown
  2. 天照大神
    1. 伊奘諾尊
    2. 伊奘冉尊
配偶者
  • 栲幡千千姫たくはたちぢひめ【日本書紀 巻第二 神代下第九段】
    • 玉依姫命たまよりひめのみこと【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第七】
    • 丹舄姫にくつひめ【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第七 一云】
子孫
  1. 天津彦彦火瓊瓊杵尊
    1. 火闌降命
    2. 彦火火出見尊
      1. 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊
    3. 火明命
      1. 天香山
  2. 爾伎都麻呂
出来事
  • 素戔嗚尊が、天照大神八坂瓊(やさかに)五百箇御統(いおつのみすまる)天真名井(あめのまない)に濯いで、カリカリと噛んで吹き出した息吹の細かい霧から生まれる。
    八坂瓊の五百箇御統は、天照大神から借りた物なので、天照大神の子とした。

    【日本書紀 巻第一 神代上第六段】
    • 素戔嗚尊が、頸にかけていた五百箇御統(いおつのみすまる)(たま)を、天渟名井(あめのぬない)(またの名は去来之真名井(いざのまない))で濯いで食べた際に生まれる。

      【日本書紀 巻第一 神代上第六段 一書第一】
    • 素戔嗚尊天真名井(あめのまない)に浮かべた剣の先を食い切り、吹き出した息吹の中から生まれる。

      【日本書紀 巻第一 神代上第六段 一書第二】
    • 素戔嗚尊は、左の髻に巻いた五百箇御統(いおつのみすまる)(たま)を口に含んで、左の掌の中に置いて男を生んだ。そして「正哉吾勝(まさかわれかちぬ)「まさに私が勝った」の意。」と言った。それに因んで、名を勝速日天忍穂耳尊という。

      日神素戔嗚尊がはじめから清い心があると知って、自分の子として、天原を治めさせた。

      【日本書紀 巻第一 神代上第六段 一書第三】
    • 素戔嗚尊が、左の髻に巻いた五百箇統(いおつのみすまる)(たま)の緒をクルクルと解いて、ジャラジャラと音を立てながら瓊を天渟名井(あめのぬない)に濯ぎ浮かべ、その瓊の端を嚙んで、左の掌に置いた時に生まれる。

      この一書では岩戸隠れの後の話。
      【日本書紀 巻第一 神代上第七段 一書第三】
    • 速須佐之男命が、天照大御神から左の角髪に巻く八尺勾璁(やさかのまがたま)五百津(いおつ)御統(みすまる)の珠を受け取り、触れ合う音を出しながら天之真名井(あめのまない)に振り濯ぎ、嚙みに嚙んで吐き出した息吹の霧から生まれる。

      天照大御神速須佐之男命に「後に生まれた五柱の男の子は、私の物をもとにして成ったので、私の子です。先に生まれた三柱の女の子は、あなたの物をもとにして成ったので、あなたの子です」と言って区別した。

      【古事記 上巻】
    • その玉によって天祖吾勝尊を生んだ。そこで天照大神が吾勝尊を養育し、特に愛を集めた。常に腋の下に懐いていたので、腋子(わきご)という。今の世に稚子を名付けて「わかご」というのは、これがその訛った言葉である。

      【古語拾遺 神代段】
    • 素戔烏尊天照太神の左の御鬘の八坂瓊の五百箇御統の玉を口に含み、左手の掌の中から生まれる。

      【先代旧事本紀 巻第二 神祇本紀】
  • 栲幡千千姫を娶り、天津彦彦火瓊瓊杵尊を生む。

    【日本書紀 巻第二 神代下第九段】
    • 天照大神は、思兼神の妹の万幡豊秋津媛命を、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊の妃とし、葦原中国(あしはらのなかつくに)に降らせた。この時勝速日天忍穂耳尊は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、下を見下ろして「あの地は平定されていない。不用で、心に馴染まない。頑強で愚かな国だろうか」と言った。そしてまた還り登って、詳しく降らない現状を述べた。
      そこで天照大神は、武甕槌神経津主神を遣わし、先に行かせて打ち払わせた。
      二神は天に昇って、「葦原中国は全て平らげました」と報告した。
      天照大神は勅して「もしそうであれば、すぐに我が子を降らせよう」と。まさに降らせようとした時、皇孫が生まれた。名付けて天津彦彦火瓊瓊杵尊という。
      天照大神天津彦彦火瓊瓊杵尊を天降らせた。

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第一】
    • 高皇産霊尊は勅して「私は天津神籬(あまつひもろき)天津磐境(あまついわさか)を立てて、我が孫の為に斎き祭ろう。お前たち天児屋命太玉命は、天津神籬を持って葦原中国に降り、我が孫の為に斎き祭れ」と。そして二神を天忍穂耳尊に副えて降らせた。
      この時天照大神は手に宝鏡を持って、天忍穂耳尊に授けて、祝って言うには、「我が子がこの宝鏡を見るときは、私を見ることのようにしなさい。共に床を同じくし、部屋を一つにして、(いわい)の鏡としなさい」と。また天児屋命太玉命に勅して「お前たち二神もまた、共に部屋の中に侍って、よく防護せよ」と。また勅して「我が高天原(たかまのはら)にある斎庭(ゆにわ)の穂を、我が子に与えなさい」と。そして高皇産霊尊の女の万幡姫を天忍穂耳尊にあてて妃として降らせた。
      この時に空中で生まれた子を名付けて天津彦火瓊瓊杵尊という。そこでこの皇孫を親の代わりに降らせた。天児屋命太玉命及び諸々の(とものお)の神を、皆すべて授けた。また衣服は、前例のとおりに授けた。その後、天忍穂耳尊はまた天に還った。

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第二】
    • 高皇産霊尊の女の栲幡千千姫万幡姫命(または高皇産霊尊の子の火之戸幡姫の子の千千姫命という)を娶り、生まれた子は天火明命。次に生まれたのは天津彦根火瓊瓊杵根尊

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第六】
    • 高皇産霊尊の女の天万栲幡千幡姫(あるいは高皇産霊尊の子の万幡姫の子の玉依姫命という)。この神が天忍骨命の妃となり、生まれた子は天之杵火火置瀬尊
      あるいは勝速日命の子の天大耳尊が丹舄姫を娶り、生まれた子は火瓊瓊杵尊という。

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第七】
    • 高皇産霊尊の女の天万栲幡千幡姫を娶って妃とし、生まれた子を名付けて天照国照彦火明命という。次に天饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第八】
    • 天照大御神は「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国(とよあしはらのちあきのながいほあきのみずほのくに)は、我が御子である正勝吾勝勝速日天忍穂耳命が治めるべき国である」と言って、天降らせた。
      天忍穂耳命は天浮橋(あめのうきはし)に立って、「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国は、ひどく騒がしいということである」と言うと、上り帰って天照大神に報告した。

      天照大御神高木神の命令で、太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に詔して「今、葦原中国(あしはらのなかつくに)が平定されたと報告があった。だから委任していたとおり、降って治めよ」と。
      その太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命は「私は降る支度をしている間に子が生まれました。名を天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命といいます。この子を降すべきです」と答えた。
      この御子は、高木神の女の万幡豊秋津師比売命と結婚して生まれた子で、天火明命。次に日子番能邇邇芸命の二柱である。
      この言葉に従い、日子番能邇邇芸命に詔して「この豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)は、あなたが治める国として任せましょう。命令に従って天降りなさい」と。

      【古事記 上巻】
    • 天祖吾勝尊は高皇産霊神の女の栲幡千千姫命を召し入れて天津彦尊を生んだ。名付けて皇孫命という。天照大神高皇産霊神の二神の孫であるので、皇孫というのである。天照大神高皇産霊尊は皇孫を大事に育てた。

      【古語拾遺 神代段】
    • 天照太神は「豊葦原の千秋長五百秋長(ちあきながいおあきなが)瑞穂国(みずほのくに)は、我が御子正哉吾勝勝速日天押穂耳尊が治めるべき国である」と詔した。
      委任の詔を賜って天降る時、高皇産霊尊の子である思兼神の妹の万幡豊秋津師姫栲幡千千姫命を妃とした。
      そして天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊が誕生した時、正哉吾勝勝速日天押穂耳尊が言うには「私が天降る準備をする間に子が生まれました。この子を降そうと思います」と。詔してこれを許した。

      饒速日尊は天神の御祖の詔を受け、天磐船(あめのいわふね)に乗って河内国の河上の哮峰(いかるかのみね)に天降った。そして大倭国(やまとのくに)鳥見(とみ)白庭山(しらにわのやま)に遷った。天磐船に乗って大空を翔けり行き、この鄉を巡り見て天降ったのである。所謂『虚空見日本国(そらみつやまとのくに)』はこれか。

      饒速日尊長髄彦の妹の御炊屋媛を娶って妃とした。そして妊娠したが、まだ産まれないうちに饒速日尊は亡くなった。


      天照太神は「豊葦原(とよあしはら)千秋長五百秋長(ちあきながいおあきなが)瑞穂国(みずほのくに)は、我が御子正哉吾勝勝速日天押穂耳尊が王となるべき地である」と言った。
      詔を賜って天降る時、天浮橋に立って臨んで言うには、「豊葦原の千秋長五百秋長の瑞穂国は、猶も騒々しく、平和ではない。なんと醜い国であろうか」と。
      それで天に上り還って、降れないわけを具に陳べた。


      云々。本文では、葦原中国平定の話に入るが、ここでは省略する。


      正哉吾勝勝速日天押穂耳尊は、高皇産霊尊の娘の栲幡千千姫万幡姫命を妃として、天上で子が生まれた。
      名付けて天津彦彦火瓊瓊杵尊という。それでこの皇孫を親の代わりに降したいと思った。
      天照太神は詔して「言う通りに降すのが良いでしょう」と。
      宜しく天児屋命天太玉命及び諸部神らを悉く授け、また御服(みそ)は、前例のとおりに授けた。
      然る後、天忍穂耳尊はまた天上に上り還った。

      太子正哉吾勝勝速日天押穂耳尊は、高皇産霊尊の娘の万幡豊秋津師姫命、またの名は栲幡千千姫命を妃として、二男が誕生した。
      兄の天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
      弟の天饒石国饒石天津彦彦火瓊瓊杵尊

      【先代旧事本紀 巻第三 天神本紀】