大伴噛

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名前
  • 氏(ウジ):大伴【日本書紀】(おおとも, おほも)
  • 姓(カバネ):連【日本書紀】(むらじ)連
  • 名:嚙【日本書紀】(くい, く)噛
  • 名:囓【日本書紀】(くい, く
  • 名:咋【日本書紀】(くい, く
性別
男性
生年月日
( ~ 用明天皇2年7月29日)
没年月日
(推古天皇18年10月9日 ~ )
  • 大伴長徳おおとものなが徳【母:不明】
  • 大伴馬来田おおとものまくた【母:不明】
  • 大伴吹負おおとものふけい【母:不明】
  • 智仙娘ちせんのいらつめ【母:不明】
出来事
  • 用明天皇2年7月

    諸皇子や蘇我馬子ら群臣と共に物部守屋を討つ。

    【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇即位前紀 用明天皇二年七月条】
  • 崇峻天皇4年11月4日

    紀男麻呂宿禰巨勢猿臣葛城烏奈良臣らと共に大将軍に任命される。
    氏々の臣・連を副将・隊長として、二万余りの軍を率いて筑紫に出向する。

    【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇四年十一月壬午条】
  • 崇峻天皇5年11月3日

    崇峻天皇が暗殺される。

    【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇五年十一月乙巳条】
  • 崇峻天皇5年11月5日

    朝廷が早馬を筑紫の将軍の所に遣わして「内乱によって外事を怠ってはならない」と伝える。

    【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇五年十一月丁未条】
  • 推古天皇3年7月

    将軍らが筑紫から引き上げる。

    【日本書紀 巻第二十二 推古天皇三年七月条】
  • 推古天皇9年3月5日

    推古天皇が大伴連囓を高麗(こま)に遣わし、坂本臣糠手を百済に遣わし、詔して「急ぎ任那を救え」と。

    【日本書紀 巻第二十二 推古天皇九年三月戊子条】
  • 推古天皇10年6月3日

    坂本臣糠手と共に百済から帰国する。

    【日本書紀 巻第二十二 推古天皇十年六月己酉条】
  • 推古天皇16年8月12日

    隋客が朝庭で使いの旨を言上した。
    阿倍臣が庭に出て信書を受けて進み出ると、大伴囓連が迎え出て書を承り、大門の前の机の上に置いて奏上した。

    【日本書紀 巻第二十二 推古天皇十六年八月壬子条】
  • 推古天皇18年10月9日

    新羅・任那の使人が朝庭で拝礼した。

    秦造河勝土部連菟を新羅の導者とし、間人連塩蓋阿閉臣大籠を任那の導者とする。
    共に先導しながら南門から入って中庭に立った。
    この時に大伴咋連・蘇我豊浦蝦夷臣坂本糠手臣阿倍鳥子臣は共に坐位から立って庭に伏した。
    両国の客は各々再拝して使いの旨を述べた。
    四大夫は進み出て大臣に伝えた。
    大臣は坐位から立って政庁の前で聞いた。

    諸客は禄を賜った。

    【日本書紀 巻第二十二 推古天皇十八年十月丁酉条】