葛城円
- 名前
- 氏(ウジ):葛城(かずらき, かづらき)葛城
- 名:圓(つぶら)円
- 葛城圓大臣【日本書紀】(かずらきのつぶらのおおおみ, かづらきのつぶらのおほおみ)葛城円大臣
- 圓大使主【日本書紀】(つぶらのおおおみ, つぶらのおほおみ圓。此云豆夫羅。)円大使主
- 圓大臣【日本書紀】(つぶらのおおおみ, つぶらのおほおみ)円大臣
- 都夫良意富美【古事記】(つぶらおおみ, つぶらおほみ)都夫良意富美
- 都夫良意美【古事記】(つぶらおみ)都夫良意美
- 生年月日
- ( ~ 履中天皇2年10月30日)
- 没年月日
- 安康天皇3年8月9日
- 父
葛城葦田宿禰 記述からの推測。【紀氏家牒逸文】
- 先祖
- 子
葛城韓媛 【日本書紀 巻第十四 雄略天皇元年三月是月条】【母:不明】
- 称号・栄典とても広〜い意味です。
大臣 【日本書紀 巻第十二 履中天皇二年十月条】
- 出来事
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履中天皇2年10月
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安康天皇3年8月9日【日本書紀 巻第十三 安康天皇三年八月壬辰条】
この時に自分の兄弟を疑った天皇後の雄略天皇を指すは坂合黒彦皇子を問い詰めた。
皇子もまた害が及ぶことを知って座ったまま語らなかった。
天皇の怒りはさらに強まった。またあわせて眉輪王も殺そうと思って罪を調べて問うた。
眉輪王は「私はもとより皇位を望んではおりません。ただ父の仇を報いただけでございます」と言った。坂合黒彦皇子は深く疑われることを恐れて密かに眉輪王に語った。
遂に人がいなくなった隙を見て外に出ると、共に円大臣の家に逃げ込んだ。天皇は使いを遣わした。
大臣が使いを出して答えて言うには「人臣に事あるときに王宮に逃げ込むということは聞きますが、君王が臣の家に隠れるということは聞いたことがございません。まさに今、坂合黒彦皇子と眉輪王が深く私の心をたのみとして私の家にいらっしゃいました。どうして送り出すことが出来ましょうか」と。これにより天皇は益々兵を増やして大臣の家を囲んだ。
大臣は庭に出て脚帯 袴の裾をくくる紐。を求めた。
大臣の妻は脚帯を持ってくると悲しみ傷ついて歌を詠んだ。「
飫 瀰 能 古 簸 多 倍 能 波 伽 摩 嗚 那 那 陛 嗚 絁 儞 播 儞 陀 陀 始 諦 阿 遙 比 那 陀 須 暮 」
【日本書紀 巻第十四 雄略天皇即位前紀 安康天皇三年八月条】
大臣は装いを済ませて軍門に進み出て拝礼して言うには「私は誅されようとも、あえて命を承ることはございません。古の人は云います。『匹夫の志も奪うことは難しい』と。まさに今の私に当たります。伏してお願い申し上げます。大王、我が女 の韓媛と葛城の領地七ヶ所を献上することで、罪を贖うことをお聞き入れ下さい」と。
天皇は許さずに火をつけて家を焼いた。
大臣・黒彦皇子・眉輪王は共に焼け死んだ。-
目弱王はこの言葉を聞いて、密かに天皇の寝ているところを伺い、傍にある大刀を取って天皇の首を斬って都夫良意富美の家に逃げ入った。
大長谷王子後の雄略天皇は軍を興して都夫良意美の家を囲んだ。
【古事記 下巻 安康天皇段】
都夫良意美も軍を興して応戦し、矢が葦の花のように飛び散った。
大長谷王が矛を杖にして家の中を伺って「私が言い交わした少女は、もしやこの家にいるのか」と言った。
都夫良意美はこの言葉を聞くと自ら出てきて、武器を外して八度拝んで言うには「先日妻問いなされた女 の訶良比売はお仕え致しましょう。また五ヶ所の屯宅 を献上致します(所謂五村の屯宅は、今の葛城の五村の苑人 のことである)。しかし私が参上しない理由は、昔から今に至るまで、臣下が王宮に隠れることは聞きますが、王子が臣下の家に隠れることは聞きません。このことから思いますに、賤しい私めが力を尽くして戦っても勝つことなど無いでしょう。しかし私を頼って家にお入りになった王子は死んでもお見捨てすることはございません」と。
このように言うと、またその武器を取り、帰って戦った。
力尽き、矢も尽き、その王子に言うには「私はすっかり傷付き、また矢も尽きました。今はもう戦うことは出来ません。いかがなさいましょう」と。
その王子が答えて言うには「それならば為す術もない。今すぐ私を殺してくれ」と。
それでその王子を刀で刺し殺し、自分の首を切って死んだ。
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雄略天皇元年3月