孝昭天皇

名前
  • 漢風諡号:孝昭天皇(こうしょうてんのう, かうせうてんわう)
  • 孝照天皇日本書紀の校異にもあり。【先代旧事本紀】(こうしょうてんのう, かうせうてんわう)
  • 和風諡号:觀松彥香殖稻天皇【日本書紀】(みまつひこかえしねのすめらみこと, まつかゑしね)観松彦香殖稲天皇
  • 觀松彥香殖天皇校異【日本書紀】観松彦香殖天皇
  • 觀松彥香殖稻尊【日本書紀】(みまつひこかえしねのみこと, まつかゑしね)観松彦香殖稲尊
  • 御眞津日子訶惠志泥命【古事記】(みまつひこかえしねのみこと, まつかゑしね)御真津日子訶恵志泥命
  • 腋上池心宮御宇觀松彥香殖稻天皇【先代旧事本紀】(わきのかみのいけごころのみやにあめのしたしろしめししみまつひこかえしねのすめらみこと, わやにあしたしししまつかゑしね)腋上池心宮御宇観松彦香殖稲天皇
  • 腋上池心宮御宇天皇【先代旧事本紀】(わやにあしたしししす
キーワード
  • 後裔は山城国大宅(おおやけ)・摂津国物部首(もののべのおびと)・河内国壬生臣(みぶのおみ)【新撰姓氏録抄 当サイトまとめ】
性別
男性
生年月日
懿徳天皇5年
没年月日
孝昭天皇83年8月5日
  • 懿徳天皇いとくてんのう【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条】
  • 天豊津媛命あまとよつひめのみこと【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条】
先祖
  1. 懿徳天皇
    1. 安寧天皇
      1. 綏靖天皇
      2. 五十鈴依媛命
    2. 渟名底仲媛命
      1. 鴨王
      2. 日向賀牟度美良姫
  2. 天豊津媛命
    1. 息石耳命
      1. 安寧天皇
      2. 渟名底仲媛命
    2. unknown
配偶者
  • 皇后:世襲足媛よそたらしひめ【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条】
    • 皇后:渟名城津媛ぬなきつひめ【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条 一云】
    • 皇后:大井媛おおいひめ【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条 一云】
  • 第一皇子:天足彦国押人命あめたらしひこくにおしひとのみこと【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条】【母:世襲足媛よそたらしひめ
  • 第二皇子:日本足彦国押人尊やまとたらしひこくにおしひとのみこと孝安天皇こうあんてんのう【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条】【母:世襲足媛よそたらしひめ
称号・栄典とても広〜い意味です。
出来事
  • 懿徳天皇5年日本書紀の立太子の記事の年齢から判断。

    懿徳天皇の皇子として生まれる。母は天豊津媛命

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇即位前紀】
  • 懿徳天皇22年2月12日

    立太子。
    年十八。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二十二年二月戊午条】
  • 懿徳天皇34年9月8日

    懿徳天皇が崩じる。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇三十四年九月辛未条】
  • 乙丑年10月13日

    大日本彦耜友天皇懿徳天皇畝傍山南纎沙谿上陵(うねびやまのみなみのまなごのたにのえのみささぎ)に葬る。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇即位前紀 懿徳天皇三十四年明年十月庚午条】
  • 孝昭天皇元年1月9日

    即位して天皇となる。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇元年正月甲午条】
  • 孝昭天皇元年4月5日

    皇后先の皇后天豊津媛命。を尊んで皇太后とする。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇元年四月己未条】
  • 孝昭天皇元年7月

    掖上(わきのかみ)に遷都する。これを池心宮(いけごころのみや)という。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇元年七月条】
    • 葛城掖上宮(かずらきのわきのかみのみや)にて天下を治めた。

      【古事記 中巻 孝昭天皇段】
  • 孝昭天皇元年7月

    宇摩志麻治命の後裔出石心命大臣とする。

    【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 孝照天皇元年七月条】
  • 孝昭天皇29年1月3日

    世襲足媛を立てて皇后とする。
    后は天足彦国押人命
    日本足彦国押人天皇を生んだ。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条】
    • 磯城県主葉江の女の渟名城津媛を皇后とする。

      【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条 一云】
    • 倭国(やまとのくに)豊秋狭太媛の女の大井媛を皇后とする。

      【日本書紀 巻第四 孝昭天皇二十九年正月丙午条 一云】
    • 尾張連(おわりのむらじ)の祖奥津余曽の妹、名は余曽多本毘売命を娶り、生まれた御子は
      天押帯日子命
      次に大倭帯日子国押人命の二柱。

      弟の帯日子国忍人命は天下を治めた。
      兄の天押帯日子命春日臣(かすがのおみ)大宅臣(おおやけのおみ)粟田臣(あわたのおみ)小野臣(おののおみ)柿本臣(かきのもとのおみ)壱比韋臣(いちひいのおみ)大坂臣(おおさかのおみ)阿那臣(あなのおみ)多紀臣(たきのおみ)羽栗臣(はぐりのおみ)知多臣(ちたのおみ)牟邪臣(むざのおみ)都怒山臣(つのやまのおみ)伊勢飯高君(いせのいいたかのきみ)壱師君(いちしのきみ)近淡海国造の祖である。

      【古事記 中巻 孝昭天皇段】
    • 皇子二柱が誕生した。
      兄の天足彦国押人命大春日凡(おおかすがおおし)らの祖。
      次に日本足彦国押人尊

      【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 孝照天皇紀末段】
  • 孝昭天皇31年1月

    瀛津世襲命大臣とする。

    【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 孝照天皇三十一年正月条】
  • 孝昭天皇68年1月14日

    日本足彦国押人尊を立てて皇太子とする。

    兄の天足彦国押人命和珥臣(わにのおみ)らの始祖である。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇六十八年正月庚子条】
  • 孝昭天皇83年8月5日

    崩じる。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇八十三年八月辛酉条】
    • 御年九十三歳。

      【古事記 中巻 孝昭天皇段】
  • 孝安天皇38年8月14日

    掖上博多山上陵(わきのかみのはかたのやまのえのみささぎ)に葬られる。

    【日本書紀 巻第四 孝安天皇三十八年八月己丑条】
    • 御陵は掖上博多山上(わきのかみのはかたのやまのえ)にある。

      【古事記 中巻 孝昭天皇段】
    • 孝安天皇元年8月

      腋上博多山上陵(わきのかみのはかたのやまのえのみささぎ)に葬られる。

      【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 孝照天皇八十三年明年八月条】
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