懿徳天皇

名前
  • 漢風諡号:懿徳天皇(いとくてんのう, いとくてんわう)
  • 和風諡号:大日本彥耜友天皇【日本書紀】(おおやまとひこすきとものすめらみこと, おほやま)大日本彦耜友天皇
  • 大日本彥耜友尊【日本書紀】(おおやまとひこすきとものみこと, おほやま)大日本彦耜友尊
  • 大倭日子鉏友命【古事記】(おおやまとひこすきとものみこと, おほやま
  • 大日本根子彥耜友天皇【先代旧事本紀】(おおやまとねこひこすきとものすめらみこと, おほやま)大日本根子彦耜友天皇
  • 日本彥耜友皇子【先代旧事本紀】(わ)日本彦耜友皇子
  • 日本彥耜友尊【先代旧事本紀】(やま)日本彦耜友尊
  • 輕地曲峽宮御宇天皇【先代旧事本紀】(かるのところのまがりおのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと, かるまがりをやにあしたしししす)軽地曲峡宮御宇天皇
生年月日
綏靖天皇29年
没年月日
懿徳天皇34年9月8日
  • 安寧天皇あんねいてんのう【日本書紀 巻第四 安寧天皇三年正月壬午条】
  • 渟名底仲媛命ぬなそこなかつひめのみこと【日本書紀 巻第四 安寧天皇三年正月壬午条】
    • 阿久斗比売あくとひめ【古事記 中巻 安寧天皇段】
先祖
  1. 安寧天皇
    1. 綏靖天皇
      1. 神武天皇
      2. 媛蹈鞴五十鈴媛命
    2. 五十鈴依媛命
      1. 事代主神
      2. unknown
  2. 渟名底仲媛命
    1. 鴨王
      1. 事代主神
      2. unknown
    2. 日向賀牟度美良姫
配偶者
  • 皇后:天豊津媛命あまとよつひめのみこと【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条】
    • 皇后:泉媛いずみひめ【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条 一云】
    • 皇后:賦登麻和訶比売命ふとまわかひめのみこと飯日媛いいひひめ【古事記 中巻 懿徳天皇段, 日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条 一云】
  • 皇子古事記では第一皇子。:観松彦香殖稲尊みまつひこかえしねのみこと孝昭天皇こうしょうてんのう【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条】【母:天豊津媛命あまとよつひめのみこと
  • ・・・
    • 皇子:武石彦奇友背命たけいわひこくしともせのみこと【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条 一云, 先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 懿徳天皇紀末段】【母:不明】
    • 第二皇子:多芸志比古命たぎしひこのみこと【古事記 中巻 懿徳天皇段】【母:賦登麻和訶比売命ふとまわかひめのみこと
子孫
  1. 孝昭天皇
    1. 天足彦国押人命
      1. 押媛
      2. 姥津命
    2. 孝安天皇
      1. 大吉備諸進命
      2. 孝霊天皇
称号・栄典とても広〜い意味です。
出来事
  • 綏靖天皇29年日本書紀の立太子の記事の年齢から判断。

    安寧天皇の第二皇子として生まれる。母は渟名底仲媛命

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇即位前紀】
  • 安寧天皇11年1月1日

    立太子。
    年十六。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇即位前紀 安寧天皇十一年正月壬戌朔条】
  • 安寧天皇38年12月6日

    安寧天皇が崩じる。

    【日本書紀 巻第四 安寧天皇三十八年十二月乙卯条】
  • 懿徳天皇元年2月4日

    即位して天皇となる。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇元年二月壬子条】
  • 懿徳天皇元年8月1日

    磯城津彦玉手看天皇安寧天皇畝傍山南御陰井上陵(うねびやまのみなみのみほとのいのえのみささぎ)に葬る。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇元年八月丙午朔条】
  • 懿徳天皇元年9月丙子朔乙丑条だが、これでは50日になってしまうのでありえない。丙子朔は暦的に問題ない。校異に乙巳(30日)がある。仮に己丑の誤りとすれば14日になる。とりあえず月まで。【日本書紀 巻第四 懿徳天皇元年九月乙丑条】

    皇后先の皇后渟名底仲媛命。を尊んで皇太后とする。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇元年九月乙丑条】
  • 懿徳天皇2年1月5日

    (かる)の地に遷都する。これを曲峡宮(まがりおのみや)という。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年正月戊寅条】
    • 軽之境岡宮(かるのさかいおかのみや)にて天下を治めた。

      【古事記 中巻 懿徳天皇段】
  • 懿徳天皇2年2月11日

    天豊津媛命を立てて皇后とする。

    后は観松彦香殖稲天皇を生んだ。
    あるいはその弟に武石彦奇友背命という。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二年二月癸丑条】
  • 懿徳天皇2年3月

    申食国政大夫出雲色命大臣とする。

    【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 懿徳天皇二年三月条】
  • 懿徳天皇22年2月12日

    観松彦香殖稲尊を立てて皇太子とする。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇二十二年二月戊午条】
  • 懿徳天皇34年9月8日

    崩じる。

    【日本書紀 巻第四 懿徳天皇三十四年九月辛未条】
    • 御年四十五歳。

      【古事記 中巻 懿徳天皇段】
  • 乙丑年10月13日

    畝傍山南纎沙谿上陵(うねびやまのみなみのまなごのたにのえのみささぎ)に葬られる。

    【日本書紀 巻第四 孝昭天皇即位前紀 懿徳天皇三十四年明年十月庚午条】
    • 御陵は畝火山之真名子谷上(うねびやまのまなごだにのえ)にある。

      【古事記 中巻 懿徳天皇段】