麛坂皇子

名前
  • 麛坂皇子【日本書紀】(かごさか
  • 麛坂王【日本書紀】(かごさか
  • 香坂王【古事記】(かごさか
性別
男性
没年月日
神功皇后摂政元年2月
  • 仲哀天皇ちゅうあいてんのう【日本書紀 巻第八 仲哀天皇二年正月甲子条】
  • 大中姫おおなかつひめ【日本書紀 巻第八 仲哀天皇二年正月甲子条】
先祖
  1. 仲哀天皇
    1. 日本武尊
      1. 景行天皇
      2. 播磨稲日大郎姫
    2. 両道入姫命
      1. 垂仁天皇
      2. 弟苅羽田刀弁
  2. 大中姫
    1. 彦人大兄
      1. 景行天皇
      2. 伊那毘能若郎女
    2. 銀王
      1. 景行天皇
      2. unknown
出来事
  • 仲哀天皇の皇子として生まれる。母は大中姫

    【日本書紀 巻第八 仲哀天皇二年正月甲子条】
  • 神功皇后摂政元年2月

    麛坂王と忍熊王は、天皇の崩御、皇后の西征、皇子の誕生を聞き、密かに謀って言うには「いま皇后には子がいて、群臣は皆従っている。必ず共に議って幼主を立てるだろう。我らはなぜ兄であるのに弟に従うのか」と。
    そこで天皇の陵を造る為と詐って、播磨に詣でて山陵を赤石に立てた。
    そして船を連ねて淡路島に渡し、その島の石を運んで造った。
    そして人ごとに武器を取らせて皇后を待った。

    倉見別五十狭茅宿禰は、共に麛坂王に従った。
    それで将軍として東国の兵を起こさせた。

    時に麛坂王と忍熊王は、共に菟餓野(とがの)に出て、狩りで占って「もし成功するならば、必ずよい獣を獲られる」と言った。
    二王がそれぞれ仮の桟敷に居ると、赤い猪が急に出てきて、桟敷に登って麛坂王を喰い殺した。

    【日本書紀 巻第九 神功皇后摂政元年二月条】
    • 息長帯日売命(やまと)に帰還する時、人の心が疑わしかったので、喪船を一艘用意して、御子をその喪船に乗せて、先ず「御子は既に崩じた」と言い漏らさせた。
      こうして還幸した時、香坂王・忍熊王はこれを聞いて、待ち受けて討ち取ろうと思い、斗賀野(とがの)に進出して、誓約狩(うけいがり)をした。
      そこで香坂王が櫟の木に登っていると、大きな怒り狂った猪が出てきて、その櫟の木を掘って倒し、香坂王を喰い殺した。

      【古事記 中巻 仲哀天皇段】
    • 神功皇后が新羅を征伐して帰国した。

      翌年、車駕が都に還ろうとする時、忍熊別皇子らが密かに謀反を企んで明石の堺に兵を備えて待っていた。
      皇后は見分けて弟彦王針間(はりま)吉備(きび)の堺に遣わし、関を造って防がせた。
      いわゆる和気関(わけのせき)がこれである。

      【新撰姓氏録抄 第一帙 第五巻 右京皇別下 和気朝臣条】