豊城入彦命

名前
  • 豐城入彥命【日本書紀】いり)豊城入彦命
  • 豐城命【日本書紀】)豊城命
  • 豐木入日子命【古事記】いり)豊木入日子命
キーワード
  • 上毛野君(かみつけののきみ)下毛野君(しもつけののきみ)之始祖【日本書紀 巻第五 崇神天皇四十八年四月丙寅条】
  • 上毛野君(かみつけののきみ)下毛野君(しもつけののきみ)等之祖【古事記 中巻 崇神天皇段】
  • 後裔は左京下毛野朝臣(しもつけののあそみ)・右京上毛野朝臣(しもつけののあそみ)・右京佐味朝臣(さみのあそみ)・大和国下養公(しもかいのきみ)・摂津国韓矢田部造(からやたべのみやつこ)・摂津国車持公(くるまもちのきみ)・河内国広来津公(ひろきつのきみ)校異:尋来津公・河内国止美連(とみのむらじ)・河内国村挙首(むらげのおびと)「林挙首」とあるのは誤りらしい。・和泉国佐代公(さてのきみ)「敏達天皇が吉野(よしの)の川瀬に行幸した時、勇める事があったことにより佐代公を賜った」とある。・和泉国茨木造(うばらきのみやつこ)・和泉国丹比部(たじひべ)・河内国佐自怒公(さじののきみ)【新撰姓氏録抄 当サイトまとめ】
性別
男性
生年月日
( ~ 崇神天皇29年1月1日)
没年月日
(崇神天皇48年4月19日 ~ )
  • 崇神天皇すじんてんのう【日本書紀 巻第五 崇神天皇元年二月丙寅条】
  • 遠津年魚眼眼妙媛とおつあゆめまくわしひめ【日本書紀 巻第五 崇神天皇元年二月丙寅条】
    • 八坂振天某辺やさかふるあまいろべ【日本書紀 巻第五 崇神天皇元年二月丙寅条 一云】
先祖
  1. 崇神天皇
    1. 開化天皇
      1. 孝元天皇
      2. 鬱色謎命
    2. 伊香色謎命
      1. 大綜麻杵
      2. 高屋阿波良姫
  2. 遠津年魚眼眼妙媛
    1. unknown
    2. 荒河戸畔
  • 倭日向建日向八綱田命やまとひむかたけひむかやつなたのみこと【新撰姓氏録抄 第一帙 第十巻 和泉国皇別 登美首条】【母:不明】
出来事
  • ( ~ 崇神天皇29年1月1日)崇神天皇の兄として出てくるため、崇神天皇誕生以前とする。

    崇神天皇の皇子として生まれる。母は遠津年魚眼眼妙媛

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇元年二月丙寅条】
    • 母は八坂振天某辺

      【日本書紀 巻第五 崇神天皇元年二月丙寅条 一云】
  • 崇神天皇48年1月10日

    崇神天皇は豊城命・活目尊に勅して「お前達二人の子は、共に等しく愛しい。後継ぎはどちらが良いか分からないので、それぞれ見た夢で占おう」と。
    二皇子は命を承り、浄沐して祈って寝て、各々夢を見た。
    夜明けに兄の豊城命は夢の内容を天皇に報告して「御諸山(みもろやま)に登って東に向い、八度槍を突き出し、八度刀を振りました」と。
    弟の活目尊も夢の内容を報告して「御諸山(みもろやま)の嶺に登って、縄を四方に引き渡し、粟を食む雀を追い払いました」と。
    天皇は夢占いをして二子に言言うには「兄はもっぱら東を向いたので、東国を治めよ。弟は四方を臨んだので、我が位を継ぐがいい」と。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇四十八年正月戊子条】
  • 崇神天皇48年4月19日

    天皇の命で東国を治める。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇四十八年四月丙寅条】
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