大中姫命 名前 大中姬命【日本書紀】(おおなかつひめのみこと, おほなかつひめのみこと)大中姫命 大中姬【日本書紀】(おおなかつひめ, おほなかつひめ)大中姫 性別女性 生年月日(垂仁天皇17年 ~ 垂仁天皇87年2月5日) 没年月日(垂仁天皇87年2月5日 ~ ) 父垂仁天皇(すいにんてんのう)【日本書紀 巻第六 垂仁天皇十五年八月壬午朔条】 母日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)【日本書紀 巻第六 垂仁天皇十五年八月壬午朔条】 先祖 垂仁天皇 崇神天皇 開化天皇 伊香色謎命 御間城姫 大彦命 unknown 日葉酢媛命 丹波道主王 彦坐王 息長水依比売 丹波之河上之摩須郎女 出来事 (垂仁天皇17年1月1日 ~ )兄である景行天皇誕生以後。 垂仁天皇の皇女として生まれる。母は日葉酢媛命。 【日本書紀 巻第六 垂仁天皇十五年八月壬午朔条】 垂仁天皇87年2月5日 五十瓊敷命が妹の大中姫に言うには「私は老いたので神宝を掌ることができない。今後はお前が掌りなさい」と。 大中姫命が言うには「私はか弱い女です。どうやって天神庫(あめのほくら)神庫。此云保玖羅。に登れましょうか」と。 五十瓊敷命が言うには「神庫が高いといっても、私が神庫に梯子を造る。神庫に登れないことはない」と。 それで諺に「天神庫も樹梯(はしだて)のままに」と言うのは、これがそのもとである。 そして大中姫命は物部十千根大連に授けて治めさせた。 【日本書紀 巻第六 垂仁天皇八十七年二月辛卯条】 関連大中津日子命(おおなかつひこのみこと)日本書紀には大中姫命が、古事記には大中津日子命がおり、男女の違いがあるが同一人物と思われる。