中臣烏賊津

名前
  • 氏(ウジ):中臣【日本書紀】(なかとみ)
  • 姓(カバネ):連【日本書紀】(むらじ)連
  • 名:烏賊津【日本書紀】(いかつ)
  • 中臣烏賊津使主【日本書紀】(なかとみいかつお, なかとみいかつ
  • 烏賊津使主【日本書紀】(いかつお, いかつ
  • 雷大臣命【新撰姓氏録抄】(いかつのおおおみのみこと, いかつおほお
  • 雷大臣【新撰姓氏録抄】(いかつのおおおみ, いかつおほお
  • 香太臣命校異【新撰姓氏録抄】(かだお
  • 仲臣雷大臣命【新撰姓氏録抄】(なかとみのいかつのおおおみのみこと, なかとみいかつおほお
  • 中臣雷大臣命校異【新撰姓氏録抄】(なかとみのいかつのおおおみのみこと, なかとみいかつおほお
キーワード
  • 後裔は右京壱伎直(いきのあたい)・山城国呉公(くれのきみ)・摂津国神奴連(かみやっこのむらじ)・摂津国生田首(いくたのおびと)・河内国中臣連(なかとみのむらじ)・右京中臣栗原連(なかとみのくりはらのむらじ)・摂津国津島直(つしまのあたい)・河内国三間名公(みまなのきみ)【新撰姓氏録抄 当サイトまとめ】
生年月日
( ~ 仲哀天皇9年2月6日)
没年月日
(允恭天皇7年12月1日 ~ )
  • 弟子おとこ【新撰姓氏録抄 第二帙 第十一巻 左京神別上 天神 中臣志斐連条】【母:不明】
子孫
  1. 弟子
出来事
  • 仲哀天皇9年2月6日

    神功皇后武内宿禰は、仲哀天皇の喪を隠し、天下に知らせなかった。
    そして皇后は、武内宿禰及び中臣烏賊津連・大三輪大友主君物部胆咋連大伴武以連に詔して「いま天下は天皇の崩御を知らない。もし百姓が知れば怠る者が現れるか」と。
    そして、四大夫に命じて百寮を率いて宮中を守らせた。

    【日本書紀 巻第八 仲哀天皇九年二月丁未条】
  • 仲哀天皇9年3月1日

    神功皇后斎宮(いわいのみや)に入って自ら神主となり、仲哀天皇に教えた神の名を聞いた。
    この時に命じられて審神者(さにわ)として神に尋ねた。

    【日本書紀 巻第九 神功皇后摂政前紀 仲哀天皇九年三月壬申朔条】
  • 允恭天皇7年12月

    允恭天皇が中臣烏賊津使主に勅して「皇后の奉る娘子の弟姫が呼んでもやって来ない。お前が行って弟姫を呼んできなさい。そうすれば必ず厚く恩賞を与えよう」と。

    烏賊津使主は命を受けて、(ほしい)急用に備える米。を身頃の中に入れて坂田に行った。
    そして弟姫の家の庭に伏して「天皇がお召しでいらっしゃいます」と言った。
    弟姫は「どうして天皇のお言葉を畏んでお受けしないことがございましょうか。ただ皇后のお心を傷付けたくないのです。私は死んでも参りません」と答えた。
    烏賊津使主は「私は既に天皇の命を承り、必ずお連れしなければなりません、もしお連れできなければ必ず罪となるでしょう。それで帰って極刑となるよりは、むしろ庭に伏して死ぬのみです」と言った。
    そして七日間、庭の中に伏して、食物を与えられても食べず、密かに懐の中の糒を食べた。
    そこで弟姫は皇后の嫉妬を理由に天皇の命を拒み、また君の忠臣を失えば自分の罪となると思った。
    それで烏賊津使主に従ってやって来た。

    (やまと)春日(かすが)に至り、檪井(いちいい)のそばで食事をとった。
    弟姫は自ら酒を使主に与えてその心を慰めた。
    使主はその日に(みやこ)に至り、弟姫倭直吾子籠の家に留めて天皇に復命した。
    天皇は大いに喜んで烏賊津使主を褒めて厚く遇した。

    【日本書紀 巻第十三 允恭天皇七年十二月壬戌朔条】
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