名前
  • 底筒男【日本書紀,古事記】(そこつつのお, つつを)
  • 底筒男命【日本書紀】(そこつつのおのみこと, つつ, そこつつおのみこと, つつを
  • 底土命【日本書紀】つち
  • 底筒雄【日本書紀】(そこつつのお, つつを)
  • 底箇雄校異【日本書紀】
  • 底筒之男命【古事記】(そこつつのおのみこと, つつ
先祖
  1. 伊邪那岐命
  2. unknown
称号・栄典とても広〜い意味です。
  • 住吉大神すみのえのおおかみ【古事記 上巻】
出来事
  • 黄泉国から帰った伊邪那岐命が、竺紫(つくし)日向(ひむか)(たちばな)小門(おど)阿波岐原(あわきはら)で禊払いをした際、水の底で穢れを祓った時に生まれる。

    【古事記 上巻】
    • 泉津平坂(よもつひらさか)から帰った伊奘諾尊が、筑紫(つくし)日向(ひむか)小戸(おど)(たちばな)檍原(あわきはら)で禊祓いをした際、中瀬の底に潜って濯いだ時に生まれる。

      【日本書紀 巻第一 神代上第五段 一書第六】
    • 伊奘諾尊(たちばな)小門(おど)で払い濯いだ際、水に入った時に吹いた息から生まれる。

      【日本書紀 巻第一 神代上第五段 一書第十】
  • 仲哀天皇9年3月1日

    神功皇后が、仲哀天皇に教えた神の名を伺った際に、神が答えて「日向国(ひむかのくに)橘小門(たちばなのおど)の水底にいて、海草のように若々しく生命に満ちる神がいる。名を表筒男中筒男・底筒男という」と。

    【日本書紀 巻第九 神功皇后摂政前紀 仲哀天皇九年三月壬申朔条】
    • 足仲彦天皇筑紫(つくし)橿日宮(かしひのみや)に居たときに、神が内避高国避高松屋種に神懸かり、天皇に教えて言うには「御孫尊(みまのみこと)がもし宝の国を得たいと思われるなら、実際に授けましょう」と。
      また、「琴を持ってきて皇后に進上されますように」と言った。
      そこで神の言に従って皇后が琴をひいた。
      すると神が皇后に神憑り、教えて言うには「今、御孫尊が所望する国は、例えば鹿の角のように中身が無い国である。御孫尊がお乗りになる船と、穴戸直践立が奉った大田(おおた)という名の水田をお供えして、よく私を祭れば、美女の眉のように金銀が多く、眼の輝く国を御孫尊に授けましょう」と。
      天皇は神に答えて「神といえども何を欺かれるのでしょうか。何処に国がありましょうか。また朕の乗る船を神に奉り、朕はどの船に乗るのでしょうか。それにまだどの神ということも知りません。どうかその御名をお知らせ下さい」と。
      神がその名を名乗って言うには「表筒雄中筒雄・底筒雄」と。
      このように三神の名を名乗り、また重ねて言うには「我が名は向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊である」と。

      【日本書紀 巻第九 神功皇后摂政前紀 仲哀天皇九年十二月辛亥条 一云 第一】
    • 天皇は筑紫(つくし)訶志比宮(かしひのみや)にて、熊曽国を討とうとする時、天皇は御琴を弾き、建内宿禰大臣沙庭(さにわ)神託を受けるために忌み清めた祭場で神託を請うた。
      すると大后に神懸かり、教えて言うには「西方に国がある。金銀をはじめ、目の眩むような様々な珍宝がその国には多くある。私が今その国を帰順させて賜ろう」と。
      天皇は答えて「高地に登って西方を見ても国は見えず、ただ大海があるのみです」と言い、詐りを言う神だと思って、御琴をどけて弾くのをやめて黙っていた。
      するとその神が大いに怒って言うには「凡そこの天下は、お前の治める国ではない。お前はただ一つの道に行きなさい」と。
      そこで建内宿禰大臣が「恐れ多いことで御座います。やはりその大御琴をお弾きなさいませ」と言ったので、そろそろと御琴を取り、しぶしぶ弾いた。
      それほど時が経たないうちに御琴の音が聞こえなくなった。すぐに火を点して見てみると、すでに崩じていた。

      それで驚き恐れて、殯宮に遺体を移すと、国中の大幣(おおぬさ)を集めて、生剥(いけはぎ)逆剥(さかはぎ)阿離(あはなち)溝埋(みぞうめ)屎戸(くそへ)上通下通婚(おやこたわけ)馬婚(うまたわけ)牛婚(うしたわけ)鷄婚(とりたわけ)犬婚(いぬたわけ)などの罪の類を様々求めて、国をあげて大祓(おおはらえ)を行った。

      また建内宿禰が沙庭で神託を請うた。ここでの教えは先日と同じで、「凡そこの国は、あなた様神功皇后の御腹にあらせられる御子がお治めになられる国で御座います」と。
      建内宿禰が「恐れ入りました。我が大神よ。その神の御腹にあらせられる御子は、何れの御子でしょうか」と尋ねると、「男子である」と答えた。
      さらに詳しく請うて「今教えて頂いた大神の御名を伺いたいと存じます」と。
      答えて「これは天照大神の御心である。また底筒男・中筒男上筒男の三柱の大神である。今まことにその国を求めようと思うのであれば、天つ神と国つ神、また山の神、河・海の諸々の神に、悉く幣帛(みてぐら)を奉り、我が御魂を船上に祭って、真木の灰を(ひさご)に入れ、また箸と葉盤(ひらで)を多く作り、それら全てを大海に散らし浮かべて渡りなさい」と。

      【古事記 中巻 仲哀天皇段】
  • 仲哀天皇9年12月14日

    軍に従った表筒男中筒男・底筒男の三神は、皇后に教えて「我が荒魂(あらみたま)穴門(あなと)山田邑(やまだのむら)に祭りなさい」と言った。
    時に践立田裳見宿禰が、皇后に言うには「神がいらっしゃる地を定めて、必ず奉りましょう」と。
    そこで践立を荒魂の神主とし、社を穴門の山田邑に社を建てた。

    【日本書紀 巻第九 神功皇后摂政前紀 仲哀天皇九年十二月辛亥条】
  • 神功皇后摂政元年2月

    神功皇后難波(なにわ)に向かう途中、船は海中で廻って進めなくなったので、帰って務古水門(むこのみなと)で占った。
    表筒男中筒男・底筒男の三神が教えて言うには「我が和魂(にきみたま)を大津の渟中倉(ぬなくら)長峡(ながお)に置けば、往来する船を見守ることが出来る」と。
    そこで神の教えのままに鎮座させた。

    【日本書紀 巻第九 神功皇后摂政元年二月条】