磐城皇子

名前
  • 磐城皇子【日本書紀】(いわきのみこ, いは)磐城皇子
生年月日
( ~ 雄略天皇23年8月7日)
没年月日
雄略天皇23年8月(7日 ~ 30日)
  • 雄略天皇ゆうりゃくてんのう【日本書紀 巻第十四 雄略天皇元年三月是月条】
  • 吉備稚姫きびのわかひめ【日本書紀 巻第十四 雄略天皇元年三月是月条】
先祖
  1. 雄略天皇
    1. 允恭天皇
      1. 仁徳天皇
      2. 磐之媛命
    2. 忍坂大中姫命
      1. 稚野毛二派皇子
      2. 百師木伊呂弁
  2. 吉備稚姫
    1. 吉備上道臣
出来事
  • 雄略天皇の皇子として生まれる。母は稚媛

    【日本書紀 巻第十四 雄略天皇元年三月是月条】
  • 雄略天皇23年8月7日雄略記では己巳年八月九日。

    雄略天皇が崩じる。

    【日本書紀 巻第十四 雄略天皇二十三年八月丙子条】
  • 雄略天皇23年8月(7日 ~ 30日)

    吉備稚媛は密かに次子の星川皇子に「天下の位に登りたいのであれば、先ず大蔵の官を取りなさい」と言った。
    長子の磐城皇子は母がその幼子に教えることを聞いて「皇太子は我が弟といえども安易に欺いてはならない」と語った。
    星川皇子は聞かずに母の意に従い、遂に大蔵の官を取った。
    外門を閉ざして事に備え、権勢をほしいままにして官物を費やした。

    ここに大伴室屋大連東漢掬直に言うには「大泊瀬天皇の遺詔のことが今まさにやって来ようとしている。遺詔に従って皇太子にお仕えすべきである」と。
    そして兵を起して大蔵を囲った。
    外を防ぎ固めて火をつけて焼き殺した。

    この時に吉備稚媛・磐城皇子・異父兄兄君城丘前来目闕名とある。星川皇子に従って焼き殺された。

    【日本書紀 巻第十五 清寧天皇即位前紀 雄略天皇二十三年八月条】
関連
  • 磐城王いわきのみこ同一人物の可能性大。