四道将軍

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名前
  • 四道將軍【日本書紀】(しどうしょうぐん, いくさ)四道将軍
構成
出来事
  • 崇神天皇10年7月24日

    崇神天皇は群卿に詔して「民を導く本は教化にある。神祇を祀ると災害は無くなった。しかし遠くの荒ぶる人々は、いまだに正朔を受けず、王化に習っていない。そこで郡卿を選んで四方に遣わし、朕の教化を知らしめよう」と。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇十年七月己酉条】
  • 崇神天皇10年9月9日

    大彦命北陸(くぬがのみち)に遣わした。
    武渟川別東海(うみつみち)に遣わした。
    吉備津彦西道(にしのみち)に遣わした。
    丹波道主命丹波(たにわ)に遣わした。
    そして「もし教えを受けなければ討伐せよ」と詔して印綬を将軍に授けた。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇十年九月甲午条】
    • 大毘古命高志道(こしのみち)北陸道に遣わし、その子の建沼河別命東方十二道(ひがしのかたとおまりふたみち)伊勢から陸奥までの十二国か。に遣わして、従わない人々を服従させた。
      また日子坐王旦波(たにわ)丹波国に遣わして、玖賀耳之御笠を殺させた。

      【古事記 中巻 崇神天皇段】
  • 崇神天皇10年9月27日

    大彦命武埴安彦の反乱を平定する。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇十年九月壬子条】
  • 崇神天皇10年10月1日

    天皇が群臣に詔して「叛く者は悉く屈服した。畿内(うちつくに)は無事である。しかしその外は荒ぶる者がいて騒動は止まない。四道将軍は今すぐ出発せよ」と。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇十年十月乙卯朔条】
  • 崇神天皇10年10月22日

    将軍たちが出発する。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇十年十月丙子条】
  • 崇神天皇11年4月28日

    四道将軍が戎夷(ひな)平定を報告する。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇十一年四月己卯条】