御友別

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名前
  • 御友別【日本書紀】もわ
  • 御友別命【新撰姓氏録抄】もわ
  • 御支別命校異【新撰姓氏録抄】
  • 御文別命校異【新撰姓氏録抄】
  • 御与別命校異【新撰姓氏録抄】
キーワード
  • 後裔は右京吉備臣(きびのおみ)【新撰姓氏録抄 当サイトまとめ】
性別
男性
生年月日
( ~ 応神天皇22年9月10日)
没年月日
(応神天皇22年9月10日 ~ )
  • 吉備武彦きびのたけひこ【日本三代実録 元慶三年十月二十二日戊寅条】
先祖
  1. 吉備武彦
    1. 稚武彦命
      1. 孝霊天皇
      2. 絙某弟
    2. unknown
  2. unknown
  • 稲速別いなはやわけ【日本書紀 巻第十 応神天皇二十二年九月庚寅条】【母:不明】
  • 仲彦なかつひこ【日本書紀 巻第十 応神天皇二十二年九月庚寅条】【母:不明】
  • 弟彦おとひこ【日本書紀 巻第十 応神天皇二十二年九月庚寅条】【母:不明】
出来事
  • 応神天皇22年9月10日

    応神天皇葉田(はだ)葦守宮(あしもりのみや)に居を移した。

    時に御友別がやって来て、その兄弟子孫を膳夫(かしわで)として奉仕させた。
    天皇は御友別が畏まって仕える様を見て、喜びの気持ちを抱いた。
    それで吉備国(きびのくに)を割いてその子らを封じた。

    即ち川島県(かわしまのあがた)を分けて長子稲速別を封じた。これが下道臣(しもつみちのおみ)の始祖である。
    次に上道県(かみつみちのあがた)に中子仲彦を封じた。これが上道臣(かみつみちのおみ)香屋臣(かやのおみ)の始祖である。
    次に三野県(みののあがた)弟彦を封じた。これが三野臣(みののおみ)の始祖である。
    また波区芸県(はくぎのあがた)御友別の弟の鴨別を封じた。これが笠臣(かさのおみ)の始祖である。
    苑県(そののあがた)に兄の浦凝別を封じた。これが苑臣(そののおみ)の始祖である。

    このようにその子孫が今も吉備国にいるのは、これがそのもとである。

    【日本書紀 巻第十 応神天皇二十二年九月庚寅条】