名前
  • 頭八咫烏【日本書紀】(やたからす)
  • 八咫烏【古事記】(やたからす, やたがらす)
  • 武津之身命【新撰姓氏録】(た
  • 鴨建津之身命【新撰姓氏録】(か
  • 天八咫烏【新撰姓氏録】(あやたがらす, あまやたがらす)
  • 鴨建津身命【新撰姓氏録】(か
  • 建角身命【新撰姓氏録】(た
キーワード
  • 賀茂県主(かものあがたぬし)遠祖【古語拾遺 神武天皇段】
  • 其苗裔即葛野主殿県主(かずののとのもりのあがたぬし)部是也【日本書紀 巻第三 神武天皇二年二月乙巳条】
  • 其裔孫者葛野県主部是也【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 神武天皇二年二月乙巳条】
  • 後裔は山城国賀茂県主(かものあがたぬし)・山城国鴨県主(かものあがたぬし)・山城国矢田部(やたべ)・山城国丈部(はせつかべ)・山城国祝部(はふりべ)【新撰姓氏録 当サイトまとめ】
生年月日
( ~ 戊午年6月23日)
没年月日
(神武天皇2年2月2日 ~ )
出来事
  • 戊午年6月23日

    皇軍は内つ国に赴こうとした。しかし山が険しく、道も無く、進退窮まった。
    この時、夜に夢の中で天照大神が天皇に教えて言うには「私が今頭八咫烏を遣わします。これを郷の導きとしなさい」と。果たして頭八咫烏が空から翔び降りてきた。
    神武天皇は「この烏の来ることは、夢のとおりである。なんと偉大なことであろう。我が皇祖天照大神は天業を助けようとして下さる」と言った。
    この時、大伴氏(おおとものうじ)の遠祖日臣命大来目を率いて、大軍の将として、山を踏み道を分けて、烏が向うのを仰ぎ見ながら追った。そして菟田(うだ)下県(しもつこおり)に着いた。それでその地を菟田の穿邑(うかちのむら)穿邑。此云于介知能務羅。という。

    【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 戊午年六月丁巳条】
    • 神武天皇中洲(うちつくに)に向おうとした時、山中が険しく進もうとしたが路を失ってしまった。
      ここに神魂命の孫鴨建津之身命が大鳥となり、飛翔して導き、遂に中洲に達した。
      天皇はその功を誉めて特に厚く褒賞を賜った。
      天八咫烏の名はこれにより始まった。

      【新撰姓氏録 第二帙 第十六巻 山城国神別 天神 鴨県主条】
  • 高木大神の命令で、「天つ神の御子を、ここから奥の方に行かせてはならない。荒ぶる神が甚だ多い。今、天から八咫烏を遣わす。その八咫烏が先導するので、その後について進みなさい」と言った。

    【古事記 中巻 神武天皇段】
  • 宇陀(うだ)には兄宇迦斯弟宇迦斯の二人がいた。
    そこでまず八咫烏を遣わして、「今、天つ神の御子がお出でになられる。お前たちはお仕え奉るか」と二人に尋ねた。
    兄宇迦斯鳴鏑(なりかぶら)で使いを射て追い返した。それでその鳴鏑が落ちた地を訶夫羅前(かぶらさき)という。

    【古事記 中巻 神武天皇段】
  • 戊午年11月7日

    皇軍は大挙して磯城彦(しきひこ)を攻めようとした。
    まず使者を遣わして兄磯城を呼んだ。兄磯城命は応じなかった。
    さらに頭八咫烏を遣わした。烏はその軍営に着くと「天神の子がお前をお呼びだ。さあ、さあ」と鳴いた。
    兄磯城は怒り、「天圧神(あめのおすかみ)が来たと聞いて憤っているときに、なぜこんなに悪く鳴くのか」と言った。そして弓を引いて射たが、烏は去っていった。
    次に弟磯城の家に着くと「天神の御子がお前をお呼びだ。さあ、さあ」と鳴いた。
    弟磯城は恐懼して「私は天圧神がお出でになったと聞いて、朝夕恐懼しております。烏よ。お前が鳴くのは善いことだ」と言うと、葉盤八枚(ひらでやつ)を作り、食物を盛って饗した。そして烏に従って到着すると「私の兄の兄磯城は天神の御子がお出でになると聞いて、八十梟帥(やそたける)を集めて武具を整え、まさに戦おうとしています。速やかに準備するべきです」と言った。

    【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 戊午年十一月己巳条】
  • 八咫烏は、御駕を導いて、瑞を菟田(うだ)の道に顕した。

    【古語拾遺 神武天皇段】
  • 神武天皇2年2月2日

    神武東征の賞の内に入る。

    【日本書紀 巻第三 神武天皇二年二月乙巳条】
  • 頭八咫烏に詔して「お前は皇軍を導いた功がある。よって賞の例に入る」と。

    【先代旧事本紀 巻第七 天皇本紀 神武天皇二年二月乙巳条】
関連
  • 二世祖:神魂命かみむすひのみこと【新撰姓氏録 第二帙 第十六巻 山城国神別 天神 賀茂県主条】