名前
  • 鹽土老翁【日本書紀】(しおつちのおじ, しほつちをぢ)塩土老翁
  • 鹽筒老翁【日本書紀】(しおつつのおじ, しほつつをぢ)塩筒老翁
  • 事勝國勝長狹【日本書紀】かつくにかつながさ)事勝国勝長狭
  • 事勝國勝神【日本書紀】かつくにかつ)事勝国勝神
  • 長狹【日本書紀】(ながさ)長狭
  • 鹽椎神【古事記】(しおつちのかみ, しほつち)塩椎神
  • 伊奘諾尊いざなきのみこと【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第四】
先祖
  1. 伊奘諾尊
  2. unknown
出来事
  • 吾田(あた)長屋(ながや)笠狭(かささ)の崎にやって来た天津彦彦火瓊瓊杵尊に「国はあるのか。無いのか」と問われ、「ここには国があります。どうぞごゆっくり」と答える。

    【日本書紀 巻第二 神代下第九段】
    • 天津彦火瓊瓊杵尊は日向(ひむか)槵日(くしひ)高千穂(たかちほ)の峰に降り着いた。膂宍胸副国(そししのむなそうくに)を丘続きに国を求め歩いて、浮島にある平地に立って、国主事勝国勝長狭を呼んで尋ねると、「ここには国が御座います。大御心のままに」と答えた。そこで皇孫は宮殿を立てて休んだ。

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第二】
    • 天津彦国光彦火瓊瓊杵尊膂宍空国(そししのむなくに)を丘続きに求め歩いて、吾田(あた)長屋(ながや)笠狭(かささ)の岬に着いた。
      時にこの地には一柱の神があった。名を事勝国勝長狭という。そこで天孫がその神に「国はあるのか」と尋ねると、「ございます」と答え、「勅のままに奉ります」と言った。それで天孫はこの地に留まり住んだ。
      その事勝国勝神は、伊奘諾尊の子である。またの名を塩土老翁という。

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第四】
    • 天孫は吾田(あた)笠狭(かささ)の岬に着いて、遂に長屋(ながや)竹島(たかしま)に登った。そしてその地を巡り見ると、そこに人がいた。名を事勝国勝長狭という。天孫が「ここは誰の国であるか」と尋ねると、「これは長狭が住む国で御座います。しかし今は天孫に奉ります」と答えた。天孫はまた尋ねて「その波頭に立つ浪穂の上に、八尋殿を立てて、手玉を鳴らして機を織る少女(おとめ)は、誰の娘であるか」と。答えて「大山祇神の娘達で、姉を磐長姫といいます。妹を木花開耶姫といい、また豊吾田津姫といいます」と。

      【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第六】
    • 皇孫が「これは誰の国であるか」と尋ねると、「長狭の国で御座います。また住んでいる国で御座います。どうぞごゆっくりなさって下さい。ご命令に従いまして献上致します」と答えた。それで皇孫は留まることにした。
      詔して「この地は韓国(からくに)に向い、真っ直ぐに笠狭之御前(かささのみさき)に続いている。朝日が刺す国であり、夕日が照る国である。この地は良い地である」と。
      詔して、地底の盤石に宮柱を太く立てて、高天原に届くほどの宮を建てさせた。
      天孫は休息した後、海浜にやって来た時に、長狭に詔して「その波頭の上に八尋殿(やひろとの)を立てて、手玉をゆらつかせて機を織る美しい少女(おとめ)は、誰の娘であるか」と言った。答えて「大山祇神の娘達です。姉を磐長姫といいます。妹を木花開姫といいます。またの名は豊吾田津姫。またの名は鹿葦津姫で御座います」と。

      【先代旧事本紀 巻第六 皇孫本紀】
  • 海のほとりを彷徨っていた彦火火出見尊に出会い、「何をここで憂えているのかな」と尋ねた。
    事の本末を聞いて、「そんなに憂えなさるな。私があなたの為に一計を案じよう」と言うと、無目籠(まなしかたま)を作って、彦火火出見尊を籠の中に入れて海に沈めた。

    【日本書紀 巻第二 神代下第十段】
    • 「君は誰かな。どうしてここで憂えておるのかな」と尋ねた。彦火火出見尊は詳しく事を話した。
      老翁は袋の中から櫛を取り出し、地面に投げると、沢山の竹林になった。そしてその竹を取って、大目麁籠(おおまあらこ)を作って、火火出見尊を籠の中に入れて海に流した。
      あるいは無目堅間(まなしかたま)で水に浮かべる木を作って、細縄を火火出見尊に縛り付けて沈めたという。

      【日本書紀 巻第二 神代下第十段 一書第一】
    • 彦火火出見尊は海浜に行って、うなだれて憂い彷徨った。時に川雁がいて、罠にかかって困っていた。それで憐れみの心を起こして、解放してあげた。
      しばらくして塩土老翁がやって来た。そして無目堅間(まなしかたま)の小船を作り、火火出見尊を乗せて、海の中に放った。

      【日本書紀 巻第二 神代下第十段 一書第三】
    • 老翁は「もう憂えてはなりません。私が一計を案じましょう」と言った。そして謀って言うには「海神の乗る駿馬は、八尋鰐(やひろわに)です。これはその背鰭を立てて、橘の小戸にいます。私が彼と共に策を練りましょう」と。そして火折尊を連れて、共に行って会った。

      【日本書紀 巻第二 神代下第十段 一書第四】
    • 火遠理命が泣き憂えて海辺にいたとき、塩椎神がやって来て、「なぜ虚空津日高は泣き憂えているのかな」と尋ねたので、「私と兄と釣り針を取り替えて、その釣り針を失ってしまったのです。そして釣り針を求められたので、多くの釣り針で償いましたが受け取っては頂けず、『やはり元の釣り針が欲しい』と仰るので、泣き憂えているのです」と答えた。
      そこで塩椎神は「私があなた様の為に、善い工夫をして差し上げましょう」と言うと、隙間の無い竹籠の小船を作って、その船に乗せて教えるには、「私がこの船を押し流しましたら、しばらく進みなさい。よい潮路がありましょう。そしてその道に乗って行くと、魚の鱗で造ったような宮があります。それは綿津見神の宮です。その神の御門に着きましたら、そばにある泉のほとりに神聖な桂の木がありますので、その木の上にいらっしゃれば、その海神の娘がお姿を見て、取りはからってくれましょう」と。

      【古事記 上巻】
  • 神日本磐余彦尊に「東に美しい地があり、青山が四方を囲んでおります。その中に天磐船(あめのいわふね)に乗って飛び降った者がおります」と教える。

    【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 甲寅年】