甘美韓日狭

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名前
  • 甘美韓日狹【日本書紀】(うましからさ)甘美韓日狭
  • 可美乾飯根命【新撰姓氏録抄】(うましからいいねのみこと, うましからい)可美乾飯根命
  • 乾飯根命【新撰姓氏録抄】(からいいねのみこと, からい)乾飯根命
キーワード
  • 後裔は右京土師宿禰(はじのすくね)「光仁天皇天応元年、土師(はじ)を改めて菅原(すがわら)の氏を賜った。勅があり改めて大枝朝臣(おおえのあそみ)の姓を賜った」とある。・大和国土師宿禰・摂津国凡河内忌寸(おおしこうちのいみき)【新撰姓氏録抄 当サイトまとめ】
性別
男性
生年月日
( ~ 崇神天皇60年7月14日)
没年月日
(崇神天皇60年7月14日 ~ )
出来事
  • 崇神天皇60年7月14日

    崇神天皇が群臣に詔して「武日照命が天から持って来た神宝を出雲大神宮に収めてあるが、これを見たいと思う」と。
    そして武諸隅を遣わして献上させた。
    この時、出雲臣の遠祖の出雲振根は神宝を司っていた。しかし筑紫国にいて会えなかった。その弟の飯入根が皇命を承り、神宝を弟の甘美韓日狭と子の鸕濡渟に授けて献上させた。
    出雲振根が筑紫から帰って来て、神宝を朝廷に献上したことを聞くと、その弟の飯入根を責めて「数日待つべきであった。何を恐れて容易く神宝を許したのか」と言った。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇六十年七月己酉条】
  • (崇神天皇60年7月14日 ~ )

    出雲振根は年月が経ってもその恨みと怒りは消えず、弟の飯入根を殺した。
    甘美韓日狭と鸕濡渟は朝廷に参って詳しく報告した。

    【日本書紀 巻第五 崇神天皇六十年七月己酉条】
関連
  • 兄:飯入根いいいりね【日本書紀 巻第五 崇神天皇六十年七月己酉条】
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