道顕

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名前
  • 道顯【日本書紀】(どうけん, だうけん)道顕
性別
男性
生年月日
( ~ 660年9月9日)
没年月日
(662年4月24日 ~ )
出来事
  • 660年(8月12日 ~ 9月9日)

    高麗の沙門道顕の日本世記に曰く、七月云々、春秋智は大将軍蘇定方の手を借りて百済を挟み撃ちにして亡ぼした。
    或いは曰く、百済は自ら亡んだ。君の大夫人が妖女かつ無道であり、ほしいままに国権を奪って、賢良の士を誅殺したことにより禍を招いた。慎まなければならない。慎まなければならない。
    その注に云うには、新羅の春秋智は、内臣蓋金に願いを入れられなかった。また唐に使いして、自国の衣冠を捨てて天子に媚びた。禍を隣国に投げる意図を構えた。

    【日本書紀 巻第二十六 斉明天皇六年七月乙卯条】
  • 釈道顕の日本世記に曰く、百済の福信が書を献じて、その君糺解のことを東朝(みかど)に申し上げた。

    【日本書紀 巻第二十六 斉明天皇七年四月条】
  • (661年12月27日 ~ 662年1月24日)

    釈道顕が言うには「春秋の志を言えば、本来高麗を討つことにあったが、先ず百済を討った。最近は百済による侵略が多く苦しんでいたからである」と。

    【日本書紀 巻第二十七 天智天皇即位前紀 斉明天皇七年十二月条】
  • 662年(4月24日 ~ 5月22日)

    鼠が馬の尾に子を産んだ。
    釈道顕が占って言うには「北国の人は南国に附属しようとする。高麗は破れ、日本に属するかもしれない」と。

    【日本書紀 巻第二十七 天智天皇元年四月条】