玉櫛媛

名前
  • 玉櫛媛【日本書紀】(たまくし, たまぐし
  • 玉櫛姬【日本書紀】(たまくし)玉櫛姫
  • 三嶋溝樴姬【日本書紀】(みしまのみぞくいひめ, しまみぞく)三島溝樴姫
  • 勢夜陀多良比賣【古事記】(せやだたら)勢夜陀多良比売
性別
女神
生年月日
( ~ 神武天皇元年1月1日)
  • 三島溝橛耳神みしまのみぞくいみみのかみ【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 庚申年八月戊辰条】
先祖
  1. 三島溝橛耳神
配偶者
  • 事代主神ことしろぬしのかみ【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 庚申年八月戊辰条】
    • 大物主神おおものぬしのかみ【古事記 中巻 神武天皇段】
    • 大国主神おおくにぬしのかみ【新撰姓氏録抄 第二帙 第十七巻 大和国神別 地祇 大神朝臣条】
  • 媛蹈鞴五十鈴媛命ひめたたらいすずひめのみこと【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 庚申年八月戊辰条】【父:事代主神ことしろぬしのかみ
出来事
  • ・・・
    • はじめ大国主神三島溝杭耳の女子玉櫛姫を娶った。
      夜が明けないころに去り、昼になるまで帰らなかった。
      玉櫛姫は()(つむ)いで衣にかけておいた。

      翌朝、苧に従って追い求めた。
      茅渟県(ちぬのあがた)陶邑(すえのむら)を経て大和国(やまとのくに)真穂(まほ)御諸山(みもろやま)に至った。
      帰って苧の残りを見てみると三つの()があるだけだった。
      これにより姓を名付けて大三縈(おおみわ)という。

      【新撰姓氏録抄 第二帙 第十七巻 大和国神別 地祇 大神朝臣条】
  • 事代主神との間に媛蹈鞴五十鈴媛命を生む。

    【日本書紀 巻第三 神武天皇即位前紀 庚申年八月戊辰条】
    • 事代主神八尋熊鰐(やひろわに)になって、三島溝樴姫(あるいは玉櫛姫という)の所へ通ったという。そして生まれた子は姫蹈鞴五十鈴姫命。これは神日本磐余彦火火出見天皇の后である。

      【日本書紀 巻第一 神代上第八段 一書第六】
    • 神武天皇が大后とする美人を探し求める時、大久米命が「ここに少女(おとめ)がおります。これは神の御子といいます。その神の御子というわけは、三島湟咋の女の勢夜陀多良比売は容姿が美しく、美和の大物主神がそれを気に入り、その美人が大便をする時に丹塗(にぬり)矢と化し、大便をする溝を流れ下って、その美人の陰部を突きました。美人は驚いて走り回り、慌てふためきました。そしてその矢を持って来て、床のそばに置くと、矢は麗しい壮夫となり、その美人を娶りました。そして生まれた子を富登多多良伊須須岐比売命、またの名を比売多多良伊須気余理比売といいます(これは『ほと』という名を嫌って後に名を改めたのである)。それでこれを神の御子というのです」と言った。

      【古事記 中巻 神武天皇段】
  • 神武天皇元年1月1日

    娘の媛蹈鞴五十鈴媛命神武天皇の皇后となる。

    【日本書紀 巻第三 神武天皇元年正月庚辰朔条】
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