名前
  • 許勢奈率奇麻【日本書紀】(こせのなそつがま, こせのなそちがま)
  • 許勢奈率哥麻校異【日本書紀】(こせのなそつがま, こせのなそちがま)
  • 奈率奇麻【日本書紀】(なそつがま, なそちがま)
  • 奈率哥麻校異【日本書紀】(なそつがま, なそちがま)
生年月日
( ~ 544年5月7日)
没年月日
(548年1月28日 ~ )
出来事
  • 544年(4月8日 ~ 5月7日)

    百済の使者として奈率阿乇得文物部奈率奇非らと共に、阿賢移那斯佐魯麻都が新羅に通じて任那復興が難しいことを欽明天皇に訴える。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇五年三月条】
  • 544年(1日 ~ 29日)

    帰国する。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇五年十月条】
    • 冬十月に日本から帰還して言うところによれば、奏上した河内直移那斯麻都らの事は返答の勅が無かった。

      【日本書紀 巻第十九 欽明天皇五年十月条 百済本記云】
  • 547年(5月5日 ~ 6月3日)

    前部徳率真慕宣文と共に欽明天皇に援軍を乞う。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇八年四月条】
  • 548年1月28日

    帰国を申し出る。
    欽明天皇が詔して「要請のあった援軍は必ず派遣する。速やかに王へ報告せよ」と。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇九年正月乙未条】