名前
  • 加不至費直【日本書紀】(かふちのあたい, かふちのあたひ)
  • 河內直【日本書紀】(かわちのあたい, かふちあた)河内直
生年月日
( ~ 欽明天皇2年7月29日)
没年月日
(欽明天皇5年3月1日 ~ )
出来事
  • 欽明天皇2年7月

    安羅の日本府の河内直「百済本記では加不至費直・阿賢移那斯・佐魯麻都らと云う。未だ詳らかではない」とある。が計を新羅に通じたことを深く責め罵った。
    そして任那に言うには「昔、我が先祖速古王貴首王元の旱岐(かんき)当時の任那諸国の王を指す。らが初めて和親を約して兄弟となった。私はお前を子弟と為し、お前は私を父兄と為し、共に天皇にお仕えして強敵を防ぎ、国家を安らかにして今日に至る。私は先祖と元の旱岐との和親の言葉を思えば、輝く日のようである。以後は慇懃に好を修めて隣国の友好が続き、骨肉を超える恩が終始変わらないことを常に願っている。不審なことは、なぜ軽々しい言葉を用いて数年の間に、残念にも志を失ってしまったのかである。古人が「追いて悔ゆれども及ぶこと無し」と云うのはこのことか。上は雲際に達し、下は泉中に及ぶまで、今こそ神々に誓って咎を昔に改め、もっぱらに隠すこと無く所為を露わにし、誠心を神に通わせて、深く自らを責めることは当然である。聞くところによると、後を継ぐ者は、先祖の業を担って家を栄えさせて、勲業を成すことを貴いこととするという。だから今からでも先祖が結んだ和親を尊重して、天皇の詔勅の詞に従い、新羅が掠め取った国である南加羅(ありひしのから)㖨己呑(とくことん)を奪い返して本貫である任那に戻し、永く日本を父兄として仕えようとしている。これが寡人の食べても美味からず、寝ても安からぬところである。昔を悔い、今を戒め、気を配っていきたいと思う。新羅が甘言を用いて誑かそうとしていることは、天下の知るところである。お前達は妄信して計略に嵌ってしまった。任那は新羅と国境を接している。常に備えを設けるべきである。警戒を怠ってはならない。恐れることは計略に嵌り、国を失い、家を亡ぼし、虜になってしまうことである。寡人はこれを思って安心することが出来ない。聞くところによると任那と新羅は策を巡らす際には蜂・蛇のような本性を現すことは皆の知るところであるという。また禍とは、行いを戒めるための先触れである。天災とは、人に悟らせるために現れるのである。天の戒めはまさに先霊の知らせである。禍に遭ってから悔い、滅んだ後に興そうと思っても及ばない。今お前たち余に従って天皇の勅を承り、任那を立てるべきである。なぜ失敗を恐れる。もし永く本土を保ち、永く民を治めようと思うのであれば、今話した通りである。慎しまなければならない」と。

    聖明王が任那の日本府に言うには「天皇が詔して『任那がもし滅べば、お前の拠り所が無くなる。任那がもし興れば、お前の助けとなる。いま任那を興し立てて元のように戻し、お前の助けとして万民を満足させよ』と仰せになられた。謹しんで詔勅を承り、恐縮で胸が一杯となった。任那を栄えさせることを誠心に誓い、昔のように永く天皇にお仕え申し上げたいと思う。まず未然を慮り、然る後に安楽がある。いま日本府が詔のままに任那を救えば、天皇に必ずお褒め頂いて、お前達にも賞禄があろう。また日本の諸卿は久しく任那の国に住み、近く新羅に接して実情をご存知である。任那を侵して日本の力を阻もうとすることは久しく、今年だけではない。しかし敢えて動かないのは、近くは百済を恐れ、遠くは天皇を恐れるからである。朝廷を欺いて取り入り、任那と偽りの和睦をしている。任那を滅ぼすことが叶わないので、偽りの服従を示して任那の日本府を感激させたのである。今その間隙を伺い、挙兵して討ち取りたいと思う。天皇が詔勅で南加羅・㖨己呑を立てることを勧めるのはここ数十年だけではない。新羅が命に従わないことは卿らも知るところである。また天皇の詔に従い任那を立てるのにこのままでいられようか。恐れることは卿らが甘言を信じて騙され、任那国を滅ぼして天皇を辱め奉ることである。慎んで欺かれないように」と。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二年七月条】
  • 欽明天皇5年2月

    百済の使者が河内直「百済本記に云うには、河内直・移那斯・麻都という。訛語により未だその正しさを詳らかにはできない」とある。に言うには「昔から今に至るまで、ただ汝の悪いことばかりを聞く。汝の先祖ら「百済本記に云うには、汝の先祖那干陀甲背・加臘直岐甲背。または那奇陀甲背・鷹奇岐弥と云う。訛語により未だ詳らかではない」とある。も共に偽りの心で欺き説いた。為哥可君「百済本記に云うには、為哥岐弥は名を有非岐という」とある。は専らにその言葉を信じ、国難を憂えず、我が心に背いて勝手に暴虐した。これにより放逐されたのである。ひとえに汝が原因である。汝らは任那に来て常に良くないことをする。任那が日々損なわれたのは、ひとえに汝が原因である。汝は卑しいといえども、譬えば小火が山野を焼いて村里に広がることのようである。汝の悪行によって任那は敗れるであろう。海西の諸国の官家は永く天皇にお仕え申し上げることが出来なくる。いま天皇に汝らを移して本の地に帰して頂くように申し上げる。汝もまた出向いて承るように」と。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇五年二月条】
  • 欽明天皇5年3月

    任那復興の妨げになっているとして、百済阿賢移那斯佐魯麻都的臣吉備臣・河内直の排除を欽明天皇に要請する。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇五年三月条】
関連
  • 先祖:那干陀甲背なかんだこうはい【日本書紀 巻第十九 欽明天皇五年二月条 百済本記云】
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