天武天皇元年6月26日
大海人皇子の挙兵を知った大友皇子が樟使主磐手を吉備国に遣わして軍を興させた。
佐伯男と磐手に言うには「筑紫大宰栗隈王と吉備国守(きびのくにのかみ)当摩公広島の二人は元より大皇弟に従うことがあった。反逆の疑いがあろう。もし不服そうな顔をすればすぐに殺せ」と。
磐手が吉備国に至り苻(おしてのふみ)を授ける日、広島を欺いて刀を解かせた。磐手はそこで刀を抜いて殺した。