衝立船戸神 名前 衝立船戶神【古事記】(つきたつふなどのかみ, つきたちふなどのかみ)衝立船戸神 船戶神【古事記】(ふなどのかみ)船戸神 岐神【日本書紀】(ふなとのかみ岐神。此云布那斗能加微。)岐神 來名戶之祖神【日本書紀】(くなとのさえのかみ現在は"遮る"を"さへぎる"ではないとするのが通説。)来名戸之祖神 來名戶神【先代旧事本紀】(くなとのかみ)来名戸神 出来事 黄泉国から帰ってきた伊邪那岐命が「私は何と嫌な穢れた国にいたのだ。我が身を清める禊をしよう」と言って、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小門(おど)の阿波岐原(あわきはら)に行って禊祓をした際に、投げ棄てた杖から化生する。 【古事記 上巻】 泉津平坂(よもつひらさか)で伊奘諾尊が投げた杖から化生する。 【日本書紀 巻第一 神代上第五段 一書第六】 伊奘諾尊は追ってきた八色の雷(いかずち)を追い払い、その杖を投げて、「ここからこちらへは、雷は来ることは出来ない」と言った。これを岐神という。これの元々の名は来名戸之祖神という。 【日本書紀 巻第一 神代上第五段 一書第九】 帰順した大己貴神の薦めで、葦原中国平定の先導役となる。 【日本書紀 巻第二 神代下第九段 一書第二】 関連道俣神(ちまたのかみ)