酒君

名前
  • 酒君【日本書紀】(さ
生年月日
( ~ 仁徳天皇41年3月29日)
没年月日
(仁徳天皇43年9月1日 ~ )
出来事
  • 仁徳天皇41年3月

    仁徳天皇紀角宿禰を百済に遣わした。
    この時に百済の王族酒君が礼を失した。
    それで紀角宿禰は百済王を責めた。
    百済王は畏まり、酒君を鉄の鎖で縛って、襲津彦に従わせて進上した。
    酒君はやって来て、石川錦織首許呂斯の家に逃げ隠れた。
    そして欺いて「天皇は既に私の罪を許して下さった。それであなたに付けて生かして下さった」と言った。
    久しくしてから天皇は遂にその罪を許した。

    【日本書紀 巻第十一 仁徳天皇四十一年三月条】
  • 仁徳天皇43年9月1日

    依網(よさみ)屯倉(みやけ)阿弭古(あびこ)が怪しい鳥を捕獲した。
    そして天皇に言うには「私はいつも網を張って鳥を捕っておりますが、まだこのような鳥を得たことはございません。めずらしいので献上致します」と。
    天皇は酒君を呼び、鳥を見せて「これは何の鳥か」と言った。
    酒君が答えて「この鳥の類は百済に多く住んでございます。馴らすと良く人に従います。また速く飛んでいろいろな鳥を取ります。百済ではこの鳥を倶知(くち)と申します」と答えた。これは今の鷹である。
    それで酒君に授けて養わせた。未幾も経たぬうちに馴れた。
    酒君はなめし革の紐をその足につけ、小鈴をその尾につけ、腕の上に乗せて天皇に献上した。

    【日本書紀 巻第十一 仁徳天皇四十三年九月庚子朔条】
  • 天皇が鷹甘部(たかかいべ)を定めた。
    それで時の人はその鷹を養ったところを名付けて鷹甘邑(たかかいのむら)というのである。

    【日本書紀 巻第十一 仁徳天皇四十三年九月是月条】
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