544年(1月11日 ~ 2月8日)
百済の使者として任那の執事(つかさ)と日本府の執事を招くが、共に「正旦が過ぎれば行って承りましょう」と答えた。
544年(3月10日 ~ 4月7日)
百済の使者として施徳馬武・施徳斯那奴次酒らと共に、日本府の卿・任那の旱岐らに任那復興を催促する。