難波小野王

名前
  • 難波小野王【日本書紀】(なにわのおののみこ, なには)難波小野王
  • 難波少野王校異【日本書紀】(なにわのおののみこ, なには)難波少野王
  • 難波王【古事記】(なにわのみこ, なには)難波王
  • 難波小野皇后【日本書紀】(なにわのおののきさき, なにはきさき)難波小野皇后
  • 小野【日本書紀】(おの, を
生年月日
( ~ 顕宗天皇元年1月29日)
没年月日
仁賢天皇2年9月
  • 丘稚子王おかのわくごのみこ【日本書紀 巻第十五 顕宗天皇元年正月是月条】
    • 石木王いわきのみこ【古事記 下巻 顕宗天皇段】
先祖
  1. 丘稚子王
    1. 磐城王
      1. 允恭天皇
      2. unknown
配偶者
  • 顕宗天皇けんぞうてんのう【日本書紀 巻第十五 顕宗天皇元年正月是月条】
出来事
  • 顕宗天皇元年1月

    顕宗天皇の皇后となる。

    【日本書紀 巻第十五 顕宗天皇元年正月是月条】
  • 顕宗天皇3年4月25日

    顕宗天皇が崩じる。

    【日本書紀 巻第十五 顕宗天皇三年四月庚辰条】
  • 仁賢天皇元年1月5日

    仁賢天皇が即位する。

    【日本書紀 巻第十五 仁賢天皇元年正月乙酉条】
  • 仁賢天皇2年9月

    難波小野皇后が以前の不敬を恐れて自死した。

    弘計天皇顕宗天皇の時、皇太子億計後の仁賢天皇。は宴に侍った。
    瓜を取って食べようとしたときに刀子(かたな)が無かった。
    弘計天皇は自ら刀子を取り、その夫人(みめ)小野に命じて進めた。夫人は目の前に行って立ったまま刀子を瓜皿に置いた。
    この日、さらに酒を酌んで、立ちながら皇太子を呼んだ。
    この不敬による罪を恐れて自死したのである。

    【日本書紀 巻第十五 仁賢天皇二年九月条】