阿閉国見
- 名前
- 氏(ウジ):阿閇【日本書紀】(あえ, あへ)阿閉
- 姓(カバネ):臣【日本書紀】(おみ)
- 名:國見【日本書紀】(くにみ)国見
- 名:磯特牛【日本書紀】(しことい, しことひ)
- 生年月日
- ( ~ 雄略天皇3年4月30日)
- 没年月日
- (雄略天皇3年4月1日 ~ )
- 出来事
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雄略天皇3年4月
阿閉臣国見が栲幡皇女と
湯人 皇子・皇女を養育する湯坐。『湯人。此云臾衞』の廬城部連武彦を貶めるために「武彦は皇女を犯して妊娠させました」と讒言した。武彦の父の枳莒喩はこの流言を聞いて、禍が身に及ぶことを恐れた。
武彦を廬城河 に誘い出すと、鵜飼の真似をして欺き、不意をついて打ち殺した。雄略天皇は使者を遣わして皇女に尋ねた。皇女は「私は知りません」と答えた。
にわかに皇女は神鏡を持ち出すと五十鈴河 のほとりにやってきて、人の往来がないところを伺って鏡を埋めて経死した。天皇は皇女の不在を疑って闇夜をあちこち探させた。
【日本書紀 巻第十四 雄略天皇三年四月条】
すると河のほとりに虹が見えた。蛇のようで四、五丈の長さだった。
虹の起ったところを掘ると神鏡が出てきた。近くで皇女の屍を見つけた。
割いてみると腹の中には水のようなものがあった。水の中には石があった。
枳莒喩はこれによって子の罪を雪ぐことができた。
子を殺してしまったことを悔い、報復に国見を殺そうとしたが、石上 神宮に逃げ隠れた。
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