闘鶏国造

名前
  • 鬭鷄國造【日本書紀】(つくにやつ)闘鶏国造
出来事
  • 允恭天皇2年立后の年。

    皇后忍坂大中姫がまだ母と一緒に暮らしていた頃、ひとり苑の中で遊んでいた。
    時に闘鶏国造がそばの道を通った。
    馬に乗って垣根越しに皇后を嘲って「お前にうまく園を作れるのか。お前は誰だ」と言った。また「おい、そこの(あららぎ)ノビルの古名。を一本よこせ」と言った。
    皇后は一本の蘭を採って、馬に乗る者に与えた。
    そして「何のために蘭をお求めになるのですか」と問うと、馬に乗る者は「山に行くとき(まぐなき)蠛。此云摩愚那岐。糠蚊の一種。を追い払うためだ」と答えた。
    皇后は心の中で馬に乗る者の言葉の無礼を心に留めて「お前、私は忘れないよ」と言った。

    この後、皇后に立てられた年に馬に乗って蘭を求めた者を探して、昔日の罪を責めて殺そうとした。
    蘭を求めた者は叩頭して「私の罪は万死に値します。しかしその日は貴い方とは知らなかったのでございます」と言った。
    そこで皇后は死刑を赦して、その(かばね)を貶めて稲置(いなき)とした。

    【日本書紀 巻第十三 允恭天皇二年二月己酉条】
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  • 国造くにのみやつこ【日本書紀 巻第十三 允恭天皇二年二月己酉条】