529年(4月30日 ~ 5月23日)
毛野臣は熊川(くまなれ)に宿って新羅・百済の二国の王を召集した。 新羅王佐利遅は久遅布礼を遣わし、百済は恩率弥騰利を遣わして毛野臣の所に赴かせ、二王が自ら参上することはなかった。 毛野臣は激怒して、二国の使いを責めて言うには「小が大に仕えることは天の道である。なぜ二国の王は自ら参集して天皇の勅を承らず、無礼にも使者を遣すのか。もうお前の王が自ら参って勅を承ろうとも、私は勅を伝えずに必ず追い返すであろう」と。 久遅布礼・恩率弥騰利は心に恐怖を抱き、各々帰国して王を呼び寄せた。
これにより新羅は改めて上臣伊叱夫礼智干岐を遣わした。