厚鹿文 名前 厚鹿文【日本書紀】(あつかや) 没年月日景行天皇12年12月5日 出来事 景行天皇12年12月5日 景行天皇は熊襲八十梟帥(くまそのやそたける)、厚鹿文・迮鹿文を討伐する為、その女の市乾鹿文・市鹿文を欺いて召した。 時に市乾鹿文が天皇に言うには「熊襲が服従しないことを憂えてはなりません。私に良い謀りごとがあるので、一人二人の兵を私にお付け下さい」と。 そして家に帰ると、沢山の酒を準備して父に飲ませた。すると酔って寝た。 市乾鹿文は密かに父の弓弦を断った。そして従ってきた一人の兵が熊襲梟帥を殺した。 【日本書紀 巻第七 景行天皇十二年十二月丁酉条】 関連迮鹿文(さかや)熊襲梟帥。単なる同志なのか、はたまた夫婦なのか不明。【日本書紀 巻第七 景行天皇十二年十二月丁酉条】市乾鹿文(いちふかや)娘かも【日本書紀 巻第七 景行天皇十二年十二月丁酉条】市鹿文(いちかや)娘かも【日本書紀 巻第七 景行天皇十二年十二月丁酉条】