(天武天皇元年7月7日 ~ )
吉野方の大伴吹負と近江方の廬井鯨が中道で戦った。
大伴吹負の麾下の兵は少なく、防ぐことが出来なかった。 大井寺(おおいでら)の奴(やっこ)で名は徳麻呂ら五人が従軍していた。 徳麻呂らは先鋒として進んで射かけた。鯨の軍は進軍することが出来なかった。