徳麻呂 名前 德麻呂【日本書紀】(とこまろ)徳麻呂 生年月日( ~ 天武天皇元年7月7日) 没年月日(天武天皇元年7月7日 ~ ) 出来事 (天武天皇元年7月7日 ~ ) 吉野方の大伴吹負と近江方の廬井鯨が中道奈良盆地を南北に貫く三つ(上中下)の道の内の一つ。大伴吹負は上中下にそれぞれ軍を駐屯させ、自らは中道に当っていた。で戦った。 大伴吹負の麾下の兵は少なく、防ぐことが出来なかった。 大井寺(おおいでら)の奴(やっこ)で名は徳麻呂ら五人が従軍していた。 徳麻呂らは先鋒として進んで射かけた。鯨の軍は進軍することが出来なかった。 【日本書紀 巻第二十八 天武天皇元年七月壬子条】