珍勲臣 名前 珍勳臣【新撰姓氏録抄】(めずらのおみ, めづらのおみ)珍勲臣 生年月日( ~ 欽明天皇32年4月15日) 没年月日(宣化天皇4年12月5日 ~ ) 子諸石臣(もろしのおみ)【新撰姓氏録抄 第一帙 第六巻 山城国皇別 曰佐条】【母:不明】麻奈臣(まなのおみ)【新撰姓氏録抄 第一帙 第六巻 山城国皇別 曰佐条】【母:不明】 出来事 (宣化天皇4年12月5日 ~ 欽明天皇32年4月15日) 欽明天皇の御世に同族四人と国民三十五人を率いて帰化した。 天皇はその遠くから来たことを憐れみ、称えて珍勲臣とし、勅して三十九人の訳(おさ)通訳。とした。 時の人は名付けて訳氏といった。 男子諸石臣。 次に麻奈臣。これは近江国(おうみのくに)の野洲郡(やすのこおり)の曰佐(おさ)・山代国(やましろのくに)の相楽郡(さがらかのこおり)の山村の曰佐・大和国(やまとのくに)添上郡(そうのかみのこおり)の曰佐校異:大和国の添上郡の山村の曰佐らの祖である。 【新撰姓氏録抄 第一帙 第六巻 山城国皇別 曰佐条】 関連先祖:武内宿禰(たけしうちのすくね)【新撰姓氏録抄 第一帙 第六巻 山城国皇別 曰佐条】己知部(こちふ)紀弥麻沙(きのみまさ)目頬子(めずらこ)