名前
  • 氏(ウジ):捕鳥部【日本書紀】とり
  • 名:萬【日本書紀】(よろず, づ)万
没年月日
用明天皇2年7月
出来事
  • 用明天皇2年7月

    物部守屋が諸皇子や蘇我馬子ら群臣に討たれる。


    物部守屋大連の近侍捕鳥部万は百人を率いて難波の家を守った。
    しかし大連が敗れたと聞いて、馬に乗って夜逃げして茅渟県(ちぬのあがた)有真香邑(ありまかのむら)に向かった。
    婦人の家を過ぎて、遂に山に隠れた。

    朝廷は議って「万は逆心を懐いている。それでこの山中に隠れた。早急に族を滅ぼすべきである。怠りの無いように」と。

    万は着物が破れ垢が付いて憔悴していて、弓を持ち剣を帯びて自ら出て来た。
    有司は百人の衛士を遣わして万を囲んだ。
    万は驚いて竹やぶに隠れた。
    縄を竹に繋いで引き動かすことで、自分の居場所を惑わした。
    衛士らは竹が揺れているのを指差して「万はここにいる」と言って万に矢を放ったが、一つも当たらなかった。
    衛士らは恐れて敢えて近づこうとしなかった。

    万は弓を下ろして腋に挟み、山に向かって走り去った。
    衛士らは河を挟んで追って射掛けたが、皆当てることは出来なかった。
    ここに一人の衛士があり、速く馳せて万の先を行った。河の側に伏せ、狙いを定めて膝に射当てた。
    万はすぐに矢を抜き、弓を張って矢を放った。
    地に伏せて叫んで言うには「万は天皇の御楯となり、その勇を表そうとしたが、問うては頂けず、翻ってこの窮地に陥ることになってしまった。共に語るべき者は来い。願わくは殺すのか虜りにするのかを聞きたいと思う」と。
    衛士らは競い馳せて万を射たが、万は飛ぶ矢を払い防いで、三十人余りを殺した。
    そして持っていた剣でその弓を三つに刻んだ。またその剣を折り曲げて河に投げ入れた。
    別に小刀で頸を刺して死んだ。

    河内の国司は万が死んだ状況を確認して朝庭に報告した。
    朝庭は(おしてふみ)命令書。を下して言うには「八段に斬って八つの国に散らせて串刺しにせよ」と。
    河内の国司は苻の旨に依り、串刺すときになって雷が鳴り大雨が降った。

    万は白犬を飼っていた。
    伏しては仰ぎ、その屍の側を回って吠えた。
    遂には頭を咥えて古い墓に収め置き、頭の側に横臥して飢え死んだ。

    河内の国司はその犬を怪しんで朝庭に報告した。

    朝庭は哀れに堪えず、苻を下して「この犬は世に珍しい所である。後の世に示すべきである。万の族に命じて墓を作らせ葬るように」と。
    これにより万の族は墓を有真香邑に建てて万と犬を葬った。

    【日本書紀 巻第二十一 崇峻天皇即位前紀 用明天皇二年七月条】
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