名前
  • 麤群【日本書紀】(そぐん)麁群
出来事
  • 十二月甲午に高麗国(こまのくに)細群と麁群が宮廷で戦った。鼓を打って戦った。
    細群が敗れて兵を解かないこと三日。ことごとく細群の子孫は捕えられて誅殺された。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇六年是歳条 百済本記云】
  • 高麗は正月の丙午を以って中夫人のを立てて王とした。年八歳。
    狛王に三人の夫人あり。
    正夫人には子が無かった。
    中夫人は世子を生んだ。その舅氏(しゅうと)外戚。が麁群である。
    小夫人も子を生んだ。その舅氏が細群である。
    狛王が重病になると、細群・麁群はそれぞれその夫人の子を立てようとした。それで細群の死者二千余人となった。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇七年是歳条 百済本記云】