名前
  • 氏(ウジ):大生部【日本書紀】(おおうべ, おほふ
  • 名:多【日本書紀】(おお, おほ)
生年月日
( ~ 皇極天皇3年7月29日)
没年月日
(皇極天皇3年7月1日 ~ )
出来事
  • 皇極天皇3年7月

    東国の不尽河(ふじのかわ)今の富士川。のほとりの人大生部多が、虫を祭ることを村里の人に勧めて「これは常世の神である。この神を祭る者は富と長寿を得る」と言った。
    巫覡(かんなき)らも詐って神語(かんごと)して「常世の神を祭れば貧しい人は富を得て、老人は若返る」と言った。
    このように更に勧めて、民家の財宝を捨てさせ、酒を並べ、野菜・六種の家畜馬・牛・羊・豚・犬・鶏。を道端に並べ、「新しい富が入って来たぞ」と言わせた。
    都鄙の人は常世の虫を取って祭り、歌い舞い、福を求めて財宝を捨てた。
    しかし益は無く、損ばかりが極めて多かった。

    葛野(かどの)秦造河勝は民を惑わしたことを憎んで大生部多を打った。
    巫覡らは恐れて祭りを止めた。

    時の人が歌を作って言うには

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    と。

    この虫は常に橘の木に生じ、或いは曼椒(ほそき)「曼椒。此云衰曽紀」とある。山椒。に生じる。
    その長さは四寸余り。その大きさは親指ほどで、その色は緑で黒い点があった。その姿は蚕に似ていた。

    【日本書紀 巻第二十四 皇極天皇三年七月条】