名前
  • 奴氐大舍【日本書紀】(ぬてださ)奴氐大舎
生年月日
( ~ 562年1月20日)
没年月日
(561年2月1日 ~ )
出来事
  • (561年2月 ~ 562年1月20日)

    新羅が奴氐大舎を遣わして欽明天皇前の調賦直前の二十二年条にある使者久礼叱及伐干による調賦のことか。を献上した。
    難波の大郡(おおこおり)に諸国の使者を案内する時に、接待役の額田部連(ぬかたべのむらじ)葛城直(かずらきのあたい)らは、使者新羅の使者。を百済の下に列して導いた。
    大舎は怒って帰った。客舎に入らず、船に乗って穴門に至った。
    すると穴門の館を修理していた。
    大舎が「どの客の為に修理しているのか」と問うた。
    工匠の河内馬飼首押勝は欺いて「西方の無礼を詰問するために遣わされた使者をお泊めする宿です」と言った。
    大舎は帰国してこの言葉を報告した。
    それで新羅は阿羅波斯山(あらはしむれ)に城を築いて日本に備えた。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇二十二年是歳条】