名前
  • 道君【日本書紀】
生年月日
( ~ 欽明天皇31年4月2日)
没年月日
(欽明天皇31年5月1日 ~ )
出来事
  • 欽明天皇31年4月2日

    越の人江渟臣裾代が都に参って奏上して「高麗の使人が風浪に苦しんで港を見失い、水に任せて漂流して岸に着きました。郡司が隠匿しておりますので私がご報告致します」と。
    欽明天皇が詔して「朕が帝業を承って数年、高麗が迷って初めて越の岸に着いた。漂流して苦しんだが命は助かった。良い政治が広く行き渡り、徳は大いに盛り、慈しみの教化はあまねく通い、大きな恩が果てしなく広がっているからではないであろうか。有司(つかさ)は山背国の相楽郡(さがらのこおり)に館を建てて、厚く助け養うように」と。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇三十一年四月乙酉条】
  • 欽明天皇31年5月

    欽明天皇膳臣傾子を越に遣わして高麗の使いをもてなした。
    大使は膳臣を都の使いということを知り、道君に言うには「あなたが天皇でないということは私が疑った通りである。あなたは膳臣に平伏した。一国民と知るには十分である。以前に私を偽って調を自分の物にした。速やかに返還せよ。煩わしい言葉で飾ってはならない」と。
    膳臣はこれを聞き、人を使ってその調を探し、返還させて(みやこ)に復命した。

    【日本書紀 巻第十九 欽明天皇三十一年五月条】